第214話「部屋」
吐き気を堪えて中に入る。グラグラとした視界には部屋が映っていた。ケーキやらトランプやら、脈絡のないものが棚という棚に詰め込まれている。その中央に座り込むのは青いエプロンドレスの女の子だった。
「……見つけた」
「誰?」
「私は、ええと……ハルだ。今頭がボーッとしてて、ちょっとごめん。水とかないか」
振り向いた女の子は首を振る。ブロンドの長髪が艶やかに揺れ、緑色の両目がハルを見ていた。全身のだるさを引きずりながら女の子の隣に倒れ込むと、不安げな表情をしているのが分かった。
「どうしたの、お姉さん」
「アンタを捜しに来たんだよ。名前、言えるか?」
「──アリス。不思議の国のアリスに出てくる、人間の女の子役」
それっきり黙ってしまう。ハルも何か話す気になれず、体調が戻るまでしばらく仰向けに目を閉じていた。顔にかかった前髪をアリスの指がそっと流してくれる。
「物語の中じゃあんまり見ない顔ね」
「今はまだまともな人の姿だと思うけど」
「なぁに、もしかしてあなたも姿が変わったりするの? 豚じゃないでしょうね」
「さぁ、何だろう。自分でも自分が誰だか、よく分かってないんだ」
「……そう。お姉さんも一緒なのね」
アリスが膝を抱いて呟く。考えていることは大体分かっていた、ハルとあまりに近い存在だった。
「変だけど楽しかった夢、大変なお勉強。その全部がわたし自身のものじゃないんだって。全部あの人の描いた空想だったの」
「何度も同じことを繰り返すのはつらいか?」
「ええ。お姉さんだってずーっとあの世界にいたら参っちゃうわ、きっとね」
「あいつらを相手にするのは骨が折れるだろうな」
そう何気なく、シロウサギのことを口にした。それにアリスは目を丸くして首を振る。
「彼はもっとオドオドとしていて、真面目なウサギよ。じゃなきゃどうして「時間に遅れる」なんて慌てるの」
「しかし言動はともかく、出で立ちや持ち物は同じだったと思うが……」
「待って。確かこの部屋のどこかにわたし達の本があったはずだわ、探してみるわね」
ハルも起き上がろうとすると止められ、具合が悪いなら休んでいてと戻される。正直に言ってしまえばかなり身体が重く、不快感も拭いきれなかった。しかし、どこにでも手や頭を突っ込んでしまう彼女を見ているとハラハラする。
「あ、あった!」
それは旧都で読み聞かせた絵本ではなく、挿絵は混ざっているものの小説だった。
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