第188話「あとは」

 千愛が蒼と白に染められた上質な着物を仕立ててくれ、ジャスが丁寧に紅を引いてくれた。目元に赤を重ねながらくすりと笑う。

「妖怪が神聖なメイクを施してよいのデスか」

「平気ですよ。ジャスさんはわたしの大切なお仲間ですもの、神様にだって文句は言わせません」

「フフ、アマテラスに似てきマシタね」

 自前のメイク道具を横にして丁寧に確認し、満足げに頷く。外の支度も整ったという知らせを受けてそろりと立ち上がった。

「ひかりちんチョー綺麗!」

「え……あ、マチネさん?」

 表に立っていたのはマチネと大男だった。彼は奎介と名乗って頭を下げる。リリィがウインクをしてみせた。

「お祈りの場所を確保するタメ、リリィが呼んできたんデース! ケイスケに地面を平らにしてもらったんデスよ」

「役に立てたならよかった」

「ウチらもこのお話に混ぜてよ。最後まで見届けたいの、ひかりちん達のこと」

「はい」

 身につけた装束と同じ色の幕に囲まれた中央に、畳と捧げものが用意されている。社地が用意してくれたものだった。そこへゆっくりと歩みを進めるひかりの姿に、千愛はほろほろと声を上げた。

「ほんにアマテラスよのう」

 金の頭飾りに梅の花が彩りを与え、尾を引く裾も色鮮やかだ。幼げな顔は化粧によって澄みきった表情となり大人びている。現世に降り立った光の女神。まさしく今、彼女はそれだった。

 ひかりは畳の前で足を止め、手元を見下ろした。そこには糸の感覚がある。

「ここには皆揃いましたよ、あとはあなただけ。だから……帰ってきてほしいんです」

 ぐっと堪えた。化粧が流れ落ちてしまわないように。見上げた空はどこまでも晴れ渡っていて、法師蝉の声が吸い込まれていく。夏も終わりに近かった。

「あちらは時の流れが変わる。三週間ほど滞在して帰ってきてくるのじゃ、さすれば春の頃に戻ってこられようぞ」

「すぐ帰ってきた方がよくない?」

 翠の問いに玉菜前がため息をついた。

「夜が長い冬では妖怪に有利だもの。主君は妖怪を駆使して対抗してくるはずだから、勝ちたいなら千愛様の言う通りにしなさい」

 ひかりは深く頷く。そして畳の上に正座をし、大幣を手に取った。大きく息を吸い込んで祝詞を唱え始める。皆が後ろに引いて遠巻きに見守る中、太陽は昇っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る