第174話「迫り来る」
ひかりは千愛達へ背を向けている。できることならそのままでと願いつつ、アマテラスは両手へ込める力を増した。先ほどから獣の叫びは聞こえるのだが、割れ目から覗ける結界の中が真っ暗闇で何も見えないのだ。ひかりの体力ももう持たない。ここで押しきらなければ、別の意味でも命はなかった。
「アマテラス様、後ろの声が」
『ハルにかき消されているだけです。無駄口を叩く体力が残っているのなら、それを全て注ぎ込みなさい』
「すみません……」
しかしどうにも後ろが気にかかっているらしい。今にも振り向いてしまいそうな気配に内心、ひやひやとしている。一番集中できていないのはアマテラスかもしれなかった。
『これだけ開けば言葉くらい向こうに届くでしょう。ひかり、試しに語りかけてみなさい』
「はい。──聞こえますか、ハル。お願いだから帰ってきてください。ジャスさんやリリィさん、翠君が待ってますから」
返ってくるのは唸り声だけだ。そもそもかき消されていて、聞こえていないのかもしれない。ひかりがもう一度試す間に、リリィが阿用郷に吹き飛ばされ、木に激突して気を失う。着実に二匹は近づいてきていた。
「ダメみたいです。憑きものとしてわたしを守ってくれる感情が抜かれてるから、わたしには興味がないのかもしれません」
『ッ……そう、ですか』
翠を庇ったジャスが一緒に地面へ叩きつけられる。狐狸が一斉に飛びついたのも弾き返し、金棒を一閃すると皆倒れた。
「どうしよう……こんなに暗いんじゃどの辺にいるかも見えないし」
這い出した翠が木の根で網の目状に結界の半面を覆う。そこへ立ち塞がった千愛と玉菜前が扇と弓矢を構える。
「アマテラス様の光の柱で貫けないでしょうか? ──アマテラス様?」
ひかりがその視線を追い、振り向く。千愛達の攻撃をすり抜けた茨木が木の根を引きちぎり、阿用郷のさすまたが突き刺さろうと迫る。ひかりの顔色が変わった。
「誰なのこの人達、ジャスさん達は……!?」
力を込め過ぎた指先で札が破け、結界がかき消える。アマテラスが咄嗟に他の札をヒビに差し込んだ。
「悪いがここで死んでもらう!」
刹那、黒い塊が割って入り両腕を広げる形で道を塞ぐ。ピタリと動きを止めた阿用郷が眉をつり上げた。
「吾輩の邪魔をするな」
思念に足先まではっきりとした輪郭が現れるのを、アマテラスはこの千年で初めて見た。彼女の想いの果てしない強さに、ようやく自分が仲間にと引き込んだ者の恐ろしさの片鱗に気づく。ハルの持ち味とは戦うことなどではなく、強靭な一途さなのだと。
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