第167話「人外」

「とはいえ、お前さんの力量ではヒビを入れることもままならんじゃろう。疲れを癒すのも兼ねて、霊湯へ入ってゆくがよい」

「What? レイトウ、とは何デスか」

「特異点であるこの渓谷は温泉が湧いておってな、湯に特殊な力があるのじゃ。妖怪の傷を癒し、神職どもの能力を一時的に底上げする。支度はオシラがしておる、遠慮するでない」

 コツコツと戸を叩く音がして、一人の男性が顔を見せた。ひかりは人間でありながら別のもののように感じる彼の雰囲気に気づく。屋敷の右手へと案内されながら、その男性はひかりへ話しかけた。

「不思議ですか。貴女はお分かりになったでしょう」

「何となくですが……人、ですよね?」

「元は。僕は子供の頃に不治の病で悩み、この渓谷へ身を投げたんです。そこを姫様へ助けていただきました」

 男性はふと顔色を変え、慌てたようにオシラと名乗った。身体を強く打って死にかけていた彼を千愛達が霊湯へ入れたのだという。

「それ以来こちらで厄介になりまして、二百年ほどになります」

「えッ、お兄さんじゃなくてじいちゃん!? てか人間じゃないじゃん」

「そうだね。長年特異点へ触れるうちに妖怪へと変わってしまったんだ。君だってそうだろう? 妖怪になりかけている人間こそ、人外なのだから」

「嘘……ぼく、妖怪なわけ?」

「同じ特異点に長く居続けて、百歳くらいまで生きた頃にはね。君はまだ人間だよ」

 妖樹の生えた翠の故郷や戦場町など、地点によって特異点のタイプは変わるそうで、千愛達が住処にする渓谷は水に力を宿す。オシラも水を操る力を持つ妖怪となり、辺りの田畑へ水を引いてやっているのだという。

「僕のようなのや妖怪に憑依されて結合した人間などを妖怪化というんですが、存外仲間が少なくて」

 オシラは遠くを見つめるような目をした。

「最近は人が生まれてから死ぬまで、その土地に留まり続けることが滅多になくなりましたから。それに人の身に憑依する妖怪自体、珍しいですしね」

「寂しいデスか?」

「いいえ。僕には姫様や玉菜前様、狸達に妖狐といった仲間がいます」

 廊下を過ぎてややひらけた場所へ出る。男湯、女湯と書かれた暖簾が目に入った。オシラが立ち止まり、両手を広げてみせた。

「それでは、僕はこれで。お楽しみくださいね」

 そう告げた瞬間、オシラが水となり床へ崩れて染み込んでいった。呆気にとられた四人だが、気を取り直して暖簾をくぐる。

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