第166話「取り返すとは」
ひかりの羞恥心もようやく収まったらしく、話は戻る。それはハルが消えた日のことだった。
「ハルを連れ去ったのはあなた達なんですね?」
「われらは主君の手伝いをしたまでじゃ。少しの間、ここへ匿いもした」
千愛は眉間へシワを寄せる。
「天逆海に張り合おうとしたあやつも無謀じゃが、よく生きていられたものだのう。あの時に天逆海の血を浴びていなければ、この世にはおるまいて」
「どんな、怪我でしたか」
「右足が吹き飛んで、左腕は皮膚で繋がっておる状態じゃった。加えて臓物は見分けがつかんほどに混ぜ合わされておったのう、ただの人間ならばとっくに死んでおる」
翠が青白くなる。今にも食べたポテトチップスが出てきそうなのだろう。玉菜前に連れられて扉の向こうへ消えたのを見て続きを話し出す。
「流石のあやつでも完全に治しきるのに一ヶ月かかった。その間、何度も逃げ出そうとするもんじゃから、憑いてたものを落とした」
「ハルは今どこに?」
「知らんな。主君に仕えてはおっても、その深くまで入り込みはせぬ。ただ呼びかけと命に応えるのみ、われらの方から干渉すること自体、そもそもできぬ」
「主君は特殊な結界で次元をややずらし、現世から身を隠しているの。そこは根の国とも高天原とも違う時が流れる場所」
ひかりは肩を落とした。それを不思議そうに千愛は見つめていた。
「何をそう落ち込んでおるのじゃ」
「だって、今すぐその方とはお会いできないんですよね。次に千愛さん達へ連絡が入るのもいつか分からないですし……」
次の機会を待って千愛から話をつけてもらうのはあまりにじれったい。かといって他の手が見つかるわけもない。そんな悩みなど、と千愛がひかりの鼻先をつついた。
「結界に関しては天明も強いではないか」
「ええまあ、わたし以外の神職なら」
「だったらこじ開けてゆけばよいであろ。われらとて大まかな場所なら分かるでのう、教えてやるぞい」
「えッ!?」
仮にも主だろうに。それはひかりが高天原へ押し入るのと同じことだ。とてもできたものではない。渋るひかりに千愛が声を張り上げた。
「お前さんは何のためにここまで来たのじゃ。仲間に会いとうて会いとうて、旧都から散々遠回りしながら捜しに来たのであろ? であればその意地、通してみせよ」
「ですが」
「良い子ぶってもここには評価する人間などおらん。取り返すとは誰かのものを奪い去ることじゃ、気概がないならば帰るがよい」
小さな身体から発せられた言葉のひとつ一つが胸に突き刺さる。ハルを生かしてくれた相手というだけで油断していたが、その主君とやらがハルを返してくれる確証などないのだ。妖怪を駆使する相手だ、ハルの力を手駒にしたいと思ったのかもしれない。ひかりはぐずぐずとした鼻声で喉を詰まらせ、答えた。
「会いたい、です……ッ」
「よお言うた!」
千愛がその涙を拭った。
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