本当の役割

第151話「食い違う」

 屋敷の玄関へ放り出され、素早く暗闇に大は消えた。そそくさと逃げるような動きに首を傾げつつ、戸を叩く。

「はいはい。──あらぁ、ひかりちゃんちゃいますか。こないなとこまでどないしたんどすか?」

「えっと……子狸さんのお姫様から聞いていらっしゃいませんか。わたし、ここへ行くようにと言われて、何も知らされずに連れてこられたんですが」

「え? まあ中入っとおくれやす、旦那に確認してくるさかい」

 おとめが次女を呼び寄せて、自分は奥へ入ってしまう。再会を喜んだ次女が旧都での話を聞いたと言い、労ってくれた。

「天逆海が出たんだってね。あいつは伯父はんとこの式神も手焼いてるらしくてさ、とにかく力が強いんでしょ?」

「わたしは見てないんです。アマテラス様を降ろしていたので」

 ただ、一帯を染め上げた赤色とマチネの話から恐ろしい妖怪だとは感じていた。客間へ通されると、床の間に白い花が飾ってあるのが目に入る。近づいてみると特有の芳香が花をくすぐる。それは一輪の百合だった。

「ハルちゃんが持ってきたんだってさ。綺麗だから飾ってあるの、この家にあるものは半分霊体だから枯れないしねー」

「そうなんですか」

 彼女も花に興味を示すことがあるのだと知る。ふくよかな花びらを指先でなぞると、最後から静かに声をかけられた。

「お久しぶりでございます。あなた様がご息災とのことで、安堵致しました」

「社地さんもお元気そうで何よりです」

 一通りの挨拶を終えて、二人が向かい合う。ハルが連れ去られてからここまで至った経緯を説明すると、社地は怪訝な顔をした。

「わたくしどもの方からひかり様を招くよう、陰神刑部狸へ伝えた覚えはございませんが。ハル様のお姿も見ておりません」

「化け狸のお姫様とは一体、どういった方なんでしょうか」

 社地は唐突に、おとめを呼んだ。大声を出したわけでもないがどこからともなく現れ、社地のやや後ろへつく。困惑するひかりへ社地が話し始めた。

「彼女は八百八もの狸を従え、いろは組という百鬼夜行を作った化け狸でございます。ここへいるおとめが元いた家、安倍家の主君に式神として仕えているのでございます。わたくしどもはそのようなご縁から、妖道を使わせていただいているのであります」

「ではそのお姫様はわたしをここへ……」

「もしくは義兄あに上様の思し召しでありましょうか。あのお方はなかなかに、個性豊かでございますので」

「兄はんはいつも何やらかすか分からへん人さかいねえ。まあ千愛ちゃんの使いが連れてきたんやし、おもてなしさせてもらいますえ」

 あの子狸の上にいる者達の真意は読めないまま、ひかりは曖昧に頷いた。首輪の糸を手繰り寄せているような、確証のない感覚がある。

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