第136話「踏ん張りどころ」

「太陽が、消えた……」

「ねえやだ、恐い!」

 口が裂け牙の剥き出しになった顔を爪でなぞる。つうっと切れた皮膚から血が垂れ、一瞬でそれは癒えた。街灯もなく真っ暗闇な中でマチネが怯え、ジャスにしがみついているのが見える。

「まずいことになりマシタね……本来の力を出せるようになった妖怪相手に、ワタシ達だけトハ」

「そもそもあんな岩、上にあったのか。私の視力で見えないはずないんだが。……考えたって仕方ないな」

 ハルが両手を地面につき、体勢を低く構える。ぽうっと姿の浮かび上がる妖怪達は揃って舌なめずりをしていた。ジャスはマチネの周囲へナイフを立て、震える手を優しく取った。

「ナイフで結界を作りマシタから、むやみに動かないように。レディーの肌に傷がつくのは忍びないノデ。それとこのアロマを」

「これ、何?」

「……痛覚を遮断する力がありマス。泣き叫びながら餌になりたくはないでショウ。今、守りきれる確証はないデスから」

 ぐっと表情が崩れ、マチネが嗚咽を漏らした。そっと手の甲にキスをしたジャスはハルの隣へ立ち並ぶ。くるりと巻いた角が桃色のくせっ毛から顔を出していた。

「正直、逃げたいデス」

「私もだよ」

 岩の向こうのアマテラスはどんな顔をしているだろう。次の晩にハルがいなければ、ひかりは悲しんでくれるのか。様々な思いが駆けたがジャスの声にかき消される。

「アマテラスに手を貸した理由、お話したことはありマシタか?」

「言われると、ないな」

 ジャスがフッと笑いをこぼし、財閥のためだと明かす。

「死屍子退治に貢献した会社と知れ渡レバ、各株主からの信用が跳ね上がるからデスよ。現にここへ物資を送ったのも、そういうことデス」

「ふーん、人間社会は本当にめんどくさそうだな」

「しかしこうして時間を過ごすうちに、本当に大切な人達になっているのデスよ?」

「はは、嘘臭い」

 妖怪達がにじり寄ってくる。火種が落とされるのももうすぐだろう。ハルは横へ拳を突き出した。

「アンタの気持ちの真実はともかく、踏ん張ってやろうよ。私はアマテラス様とひかりのため、アンタは」

「シスターのために」

 とっと拳へ軽い感触。ジャスが取り出したのは数本のナイフと、先の細い筆のようなものだった。

「ワタシの魔法まじっくの本気、見せてあげまショウ」

「生半可に生きてきたわけじゃないってこと、その身体に叩き込んでやるよ」

 赤と青の両眼が色を変え、ギラリと輝いた。

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