第70話「本質は同じ」
戦車を食い止めた街の入口から大通りを真っ直ぐに奥へ進んでいく。砲撃こそあったものの、ここはまだ建物の面影があり、荷物を取りに帰ってきた人の姿がある。程よい喧騒が思考をかき乱し、気が滅入るのを防いでくれた。
「どこに行ったのよ、あの子……」
さっきの母親がまだ子供の姿を捜している。他には家族や友人だった肉塊を抱きしめる人や混乱に乗じて店から金品の類を持ち出し、瓦礫の中へ隠す者がいた。どんな状況でも悪どい人間は存在している。
──なのに何故、善良な妖怪はいないと決めつけられなければいけないのだろうか。
「妖怪が現れたせいで、俺たちの生活はめちゃくちゃだ!」
「あいつら、いなくなればいいのに……」
口々に本音を漏らす人間達の隣を抜ける。ここまで来ると街のほとんどの人間が集まり、皆スーパーへ駆け込んでいた。
「どけよ、クソ野郎!」
「あたし子供いるのよ、譲りなさいよ!」
食料を奪い合い、口喧嘩をするのを眺めていると不思議な気持ちになる。目の前の食材を何故食べようとは考えつかないのか、ハルにはよけ分からない。やがて女を殴りつけた男が金も払わずに駆け出してきて、ハルにぶつかる。舌打ちをして人混みへ姿をくらました男は、もう長い命ではないようだった。
「あんた、その怪我じゃあ死ぬのになぁ」
脇腹がえぐれているというのに、興奮して気づいていないのだろうか。生への執着心は絶対に報われるようなものではない。男が残していった血の道を辿り、女も人のうねりへ身を躍らせる。できることなら子供にその食料が渡ればいいと思いつつ、ハルはスーパーから離れた。
人間だってこうも醜い生き様を晒すのだ。食べるものや容姿が違うというだけで、生きることの本質は妖怪と大差ない。ハルはそれを見る度に心が落ち着くのだ。自分は特別違う生命体ではないと確信できる。一度その確証さえ得れば、ハルはまた人間に擬態して生きることができた。
「ッと、ごめんな」
「あれ?」
小学校中学年ほどだろうか。少年が首を傾げながらハルを見上げ、疑問をそのまま言葉にした。
「妖怪が昼間にこんなところにいて、いいの?」
昼間の姿で本性を見破られたことはない。固めたばかりの気持ちが大きく崩れた音を聞きながら、ハルはこの子供をどうやって始末しようか思考を巡らせる。そんなハルを翡翠の両目が捉えて離さない。
「ま、ぼくだって妖怪みたいなものだけどね」
「何……? ああ、もしかして人外か」
「あんまり大きな声で言わないでくれる? 周りに聞かれたらぼく、困るんだけど」
「それは私もだ」
少年はしかめ面をするハルをケラケラと笑い飛ばし、袖を引っ張り脇道を指した。
「実は妖怪に会うの初めてなんだ、ちょっと話聞かせてよ」
「めんどくさい……」
ハルがため息をついた時、アマテラスを残してきた方向から流れてきたものが空を暗くした。皆が不審げに眉をひそめ、囁き合う。
「霧、か」
それは黒い霧だった。やがて地面まで覆い尽くしながら街へ広がっていった霧で視界が悪い。ハルはこの薄暗い中で、自分の姿が夜の時に近くなってきているのに気づく。
「まだ昼にもなってないのに」
「お姉さん、知らないの? 『漆黒の靄をまとい四肢は地を踏みつけ、恐るべき咆哮をしている』って」
少年が嬉しそうに袖を強く引いた。
「死屍子が来たんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます