第68話「重なり」

「今の技……テメーがアマテラスだな。ただの人間を戦車の中で蒸し焼きにしちまうとは、無慈悲なカミサマだこと」

「妖怪の手に堕ちれば人間といえど邪悪。わたしはより多くを救える道を選びます」

 ハルがアマテラスの背後につく。その右腕に目をつけた男鬼が表情を歪め、粘着質な笑い声をあげた。

「テメー、自分の味方に腕やられてんのか!? 光なんぞに手ェ貸すからそうなるんだぜ、馬鹿な奴だ」

「そうだな、私も正直うんざりしてる。でも仕方ないだろ、守ると心に決めた人ができたんだからさ。アンタは死屍子を守りたいのか?」

「けッ、そんなわけあるか」

 男鬼が手にした瓦礫をハルに投げつけ、それをひょいと避ける。アマテラスは脇を通り過ぎた瓦礫に微動だにせず、男鬼を見つめていた。二人の周囲を他の鬼達が取り囲んでいる。

「おれ達は生物のてっぺん気取ってる人間どもを叩き潰してえんだ。その後に死屍子をやっても遅くねえだろ」

「ふーん」

「おれの爺さんは前回の妖怪狩りでテメーにむざむざとやられた。だがおれはそうならねえぜ、その首貰ってやる!」

「そうですか」

 アマテラスとハルの冷めきった視線がギロリと鬼達を睨みつけた。辺りに強い光と影の威圧感が広がっていき、肌がピリピリするような空気になる。疎ましげに目を細めるアマテラスと目を見開いて赤眼を見せるハルの視線が左右に散った。

「あなた達ごときに興味はありません。退きなさい」

「他の奴らの目的なんて興味ないね。殺してやる」

 二人の声が重なった瞬間、それを合図とするようにアマテラスが左腕を天に掲げた。ハルは牙を剥き出しにして唸り声をあげた。アマテラスへ襲いかかろうとする鬼の足を払い、腱を噛み切る。もう一匹を拳で叩きのめし、アマテラスが深く息を吸い込むのを確認した。

「神に楯突く無礼者など、この世から去れ!」

 再び空に現れた眩い光に鬼達はうろたえる。ハルはその足元を狙って爪を立て、一斉に転ばせるとその場から飛びのけた。黒いパーカーのはためく先が熱風に炙られ、少し焦げたようだった。追い抜いてきた風に突き飛ばされる形で地面に倒れたハルは身を翻し、アマテラスの立っていた方を見通す。まだチカチカとする視界の中に人影を捜した。

「──アマテラス様!」

「まったく、これだから妖怪は嫌いなんですよ。礼儀を知らず理性もない、愚か者達」

 ハルが胸を撫で下ろしたのを見たのか、アマテラスはため息をつく。

「自身の生み出した光で死ぬとでも思ったんですか?」

「身体はただの人間だし、何かあったら心配だろ。それにアマテラス様のことだって、気にしてないわけじゃないんだからさ」

「……妖怪は嫌いだと言ったのが聞こえなかったようですね」

「そう言われたって、ご主人様なんだし」

 アマテラスは気難しそうにひそめていた眉をフッと緩めて、不意にハルへ笑いかけた。その姿に母を重ねてどきりとする。

「呼び出すまでの護衛、ありがとうございました。助かりました」

「当たり前のことをしただけだよ」

 アマテラスが少しだけハルに優しくなる時、それが祀りあげられたアマテラスではない『彼女』自身の人格なのかもしれないと、ふと考えた。

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