第62話「会いたかった」
路地裏から抜け出したハルとマチネはしばらく、辺りの様子を窺った。首都から極悪な妖怪が脱走したというニュースはもちろんここまで届いている。二人は顔を隠しながら大通りを避け、ひかりとジャスの待つ家へ急いだ。
「確かここを、こっちかな」
「ねー、それで本当に大丈夫? これ迷子になってないかなー」
「大丈夫。なんとなく分かるから」
ふらふらと歩いていった先の一軒家で、庭先に立つ少女を見つけた。色素の薄い髪が風に流され、憂いを帯びた瞳は空を仰ぎ見ている。何か物思いに耽っている様子の彼女の姿に、ハルは少しの間立ちすくんだ。食い入るようにその横顔を見つめ、唇を噛む。マチネがそれを覗き込んで、首を傾げた。
「どしたのハルちん、ほっぺた真っ赤だよー?」
「な、何でもない。行こう」
門扉を押す。空間が切り取られた感覚を身に受けながら足を踏み入れる。人のいい綺麗な瞳がハルの姿を捉えた。
「ハル!」
「ただいま」
少し遠慮がちに手を振ってみせると、ひかりがサンダルでパタパタと駆けてきて微笑む。ハルの頬が熱くなり顔を逸らしたのを、マチネがニヤニヤと眺めている。ひかりはマチネの顔をすでに知っているらしく、小さく一礼して中へ通した。ひかりに続きながらマチネがハルをつつく。
「もー、子供みたいになってるよ。目キラキラさせちゃってさー、かわいいねえ」
「うるさいな。会いたかったんだから、仕方ないだろ……」
その目はずっと目の前の愛しい少女を追いかけている。顔のにやけが収まらないのか、唇を噛んでいた。
「神田ヶ峰マチネさん、でしたね。緑茶とアイスティーはどちらがお好きですか?」
「えっとぉ、アイスティーがいいかなー」
「はい」
ソファに二人を待たせて素早くアイスティーを用意する。自分にも冷たい緑茶を淹れてソファの向かいに腰かけた。
「ごめんなさい。ジャスさんは今お出かけ中なんです、何でもホテルから少し多めの請求が来たとかで」
「あぁ、悪いことしたな」
「ウチ後で謝らなきゃねー、美味しかったですってちゃんと言わなきゃ」
「ふふ、そうですね」
クスクスと機嫌の良さげなひかりに、ハルは心が弾むのを感じた。久々に感じたあたたかな匂いと穏やかな空気が心を和ませる。自分が極悪妖怪と罵られていることを、しばらく忘れていられた。
「電話かけられなくて、ごめん。元気にしてたか」
「はい。ハルのこと心配してたんですよ、なかなか連絡がないから。太占で見たところ、体調は悪くなさそうでしたけど」
「まあね。状況は最悪になったが」
ゆったりとした心持ちになる。深く座り直したハルに向かって、ひかりが頬をほんのりと染めて笑いかけた。
「無事でよかったです、おかえりなさい」
「……うん」
ふと横を見ると、マチネのにやけ方がさらにひどくなっていた。
「ふーん、よかったじゃん?」
ハルは耳まで赤くして小さく頷いた。
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