第54話「海」

 辺りを取り囲み怯えているのは彫りの深い顔つきの人間ばかりだ。ジャスやリリィを思い出させる。おそらく、外国だろう。その妖怪は金髪を乱し、同じく金の瞳で誠を睨みつけた。顔立ちからして女性のようだが、顔は半分切り刻まれたらしく、元の顔だと分かるのは目元だけだ。

「君は魔族だろう。わざわざ人間の前に姿を晒して、何をしているんだ」

「家族ヲ、捜してイル」

「そうか。見つかる前に君が死んだら元も子もないな、僕のところへ来ないか。手伝いをしよう」

 魔族の女性はしばらく誠を見つめていた。誠はその瞳を蜂蜜だと思った。


 海に落ちた。その大きな水の中は、底に穴が空いていて、その向こうから光が漏れていた。


 ──ここは天明大学だ。マチネや奎介の姿はない。外にいた誠が歩いていくのは妖怪研究科がある方向ではなく、別の棟だった。扉をいくつか越えた先にあったのは機械の群れなす広々とした部屋だ。

「あぁ、誠。新しいAIができたらしいな。俺達にも見せてくれないか」

「すぐにでも試験運用を始めよう」

「流石は天明大の工学科エース。目標達成の日も近いな」


 また海の中だった。ここは本来あり得ない二つの記憶を繋ぎ止めるための緩衝材なのだと悟った。


 ──今度はやけに視線が低い。そして先ほどの大学構内の無機質さとは打って変わって、こちらは森の中だ。迷子になったのか、岩陰で泣きじゃくっているらしい。天明都への一本道にあるこの岩陰を、ハルは見たことがあった。

「見よ。人間が落ちておる」

「落とし物ではなく迷子というのです。チノイトシ様」

 顔を上げた先には二人の少女が立っていた。


 海に漂いながらぼうっとする。魔族の外国妖怪、機械だらけの部屋、人ではない少女達。誠の人生はどこまでも不可思議だ。深い深い海に沈んでいきながら見た最後の記憶を、ハルはそれを羨んだ。


 誠の両親が彼を抱きかかえ、そっと笑んでいた。

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