第50話「検証」
仁科誠は女のように線の細い人間だった。噛みごたえがなさそうだとひと目見て考え、次に思ったのはこの人は自分を殺せるのだという漠然とした感覚だった。全く恐ろしい雰囲気はない、しかし脳みその奥に居着く本能が彼はダメだと言っている。
「改めて、初めましてと言っておこうかな。妖怪研究科教授の仁科誠です」
「ハルだ」
差し伸べられた手を握り返して、相手からわずかに力が加えられただけで身体が硬直する。それに目ざとく気づいて、誠はやんわりと笑んだ。
「少しマチネ君が怯えていたようだが、どうかしたのかな」
「私は、何も」
「そうか。うん、大方痛覚のテストをして血を見たのがいけなかったんだろう。マチネ君、すまないね」
「いっいえ! ウチはセンセーのためなら頑張りますよー」
誠の視線が外れてようやく、ハルは息を吐き出した。止めていたことすら気づかなかった。マチネは誠に何か指示されて実験室を駆け出していく。二人きりにしないでくれとは言えず、その場に立ち尽くした。
「ハル君。天照大御神とは一体何だと思う」
「え……っと、カミサマの中でも一番偉いカミサマだ」
「質問を変えようかな」
冷たい声色に空気がひりついた気がした。思わず誠の目を見つめると、黒い目の奥に自分が見えた。
「君が守っているものは何だろう?」
「な、に?」
言葉を詰まらせた。誠は廊下へ出て、ハルにもこちらへ来るように手招きをする。研究室へ入った時、マチネが差し出した横いとても長い用紙が目に入った。
「僕はある仮説を立て、その検証のためにアマテラス様をお呼びしたのさ。今そこにアマテラス様はいらっしゃるかな?」
『……ええ、いますとも。はいと答えなさい』
戻ってきたらしいアマテラスの声が首元から聞こえた。重たげな声は水に落ちた一滴の墨のように、ハルの胸へ溶けて広がっていく。
「あぁ、いる」
「ならば答え合わせといこうか。僕はまずこの絵巻物に目をつけた。現物は国立図書館にも全国の博物館にも保管されていないから、もしやと思ってアマテラス様をお呼びしたんだ」
思った通りだ、と誠は続ける。
「天明伝絵巻物の内容は高校の国史で習うように、枕元の夢から死屍子を封じる場面までだ。だがここには死屍子が倒されることとなった理由、つまり死屍子の行動目的が一切示されていないんだ」
「確かに、センセーの言う通りですねー」
「さて、ここで一つ目の質問になりますがアマテラス様、死屍子が何故あなたに封じられることになったか理由をお聞かせください」
「──死屍子の、他の妖怪の力を増幅させる力を危険と判断したからです、だそうだが」
「嘘だ。まあそれは一旦棚に上げて、次の検証へ行こう」
アマテラスの主張を一蹴した誠はさらに雄弁になる。
「ハル君、アマテラス様から直々に死屍子の話はされたかな。されたのであれば、どのように説明をされた?」
「ん……と、その巻物を読み聞かせてもらったな」
「僕の予想通りだ。ここで二つ目の質問だけれど、どうしてアマテラス様は死屍子の外見や様子、能力などを自分の実体験からではなく、あえて人間の目線から描かれた大昔の書物で伝えたのだろう? アマテラス様の方が異質な力には詳しいはずだが、何か説明できない事情があったのかな」
『……分かりやすいでしょう、物語の方が』
アマテラスの言い分を伝えると誠はふむ、と一度考える素振りを見せた。しかし瞬時に反論へ移る。
「では死屍子退治の様子を──最も新しい記憶で結構ですが、お話していただけますね? 死屍子の匂い、その時の部下の名前や死に方、その前にまずはあなたのことを」
『何が言いたいのです』
「この際です、はっきりとお聞きしましょう」
誠が首輪をぐいと掴み、ハルの喉が絞まる。苦しげに声をあげたハルに構わず、誠が静かに告げた。
「あなた、
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