表面化

第51話「急転」

『なッ何を、わたしは本物の天照大御神です!』

「ハル君、アマテラス様はなんと言っているのかな。まあ予想はできるけど」

 二人の声が同時にハルを責めて、気づけば強く拳を握っていた。骨が軋む痛みがハルを平静へ呼び戻し、ひと呼吸置いてアマテラスの答えを告げた。それから問いかける。

「どうしてアマテラス様を、偽物だと思ったんだ」

「不思議だったんだ。千年に一度、死屍子を倒すことが仕事なら、何度も死屍子とは対峙してきたはずだろう。それなのにまだ死屍子の行動パターンは掴めていないようじゃないか。僕は君達のお仲間のリムジンが破壊された辺りから、君達のことはずっと調査している」

「その言い方だと、死屍子のことが少しは分かってるみたいだな」

「君達よりは確実に死屍子に近い位置にいるはずさ」

 ハルには全てが驚きだった。妖怪研究科の底力を見た気がして、やや身震いをした。アマテラスは無言のままで、誠が再び口を開く。

「もちろん、何らかの理由で記憶を失ってしまったり死屍子を追えない事情があるのかもしれない。それと……ここからは僕の勘になってしまうが、あなたは神様らしくない」

『わたしにだって、分からないんですよ』

 か細い声だった。ハルはそうした弱気なアマテラスの面を初めて知った。

『何の記憶もなく気がつけば高天原にいて、天照大御神という名で呼ばれ、わたしは自分が天照大御神なのだとそれを受け入れただけです。わたしは仕事を全うしているだけ、わたし自身が何者であるか、わたしにも分かりませんよ……!』

「本物ではない可能性もあるのか……。あなたが天照大御神となったのは何年前?」

『およそ千年でしょうか。いえ、それよりもう少し短いと思います。わたしが初めて下界を見た時、死屍子討伐から数十年ほど経っていた様子でした』

「ふむ……そうか、見えてきた気がするぞ」

「センセー?」

 マチネが誠に呼びかける。インターホンの画面がついているのを見る限り、来客があったのだろう。今出る、と手短に答えた誠が扉に手をかけた途端、ハルはとてつもない殺気を向こうから感じた。扉を開けるより早く脇腹へ飛びついて横へ押し飛ばすと、ハルの腹へ銃弾が三発撃ち込まれる。

「ゔあッ、この……!」

「大学の防御システムは作動しているはずだ、指紋と瞳孔が登録された者しか通り抜けられないはず……何故敵が!?」

「御託は……いい、早く逃げるぞ!」

 入り込もうとしてきた敵を蹴りつけて外へ追いやり、窓を指差す。困惑する誠とマチネへ声を荒らげた。

「私が扉の方から敵を蹴散らすから、窓を開けろ! そっちから逃げてくれ」

「待ってよハルちん」

「待たない。ほら行くぞッ」

 マチネの言葉が続けられる前に扉を勢いよく開け、目の前にあった男の鼻を喰いちぎった。悶える男を投げ飛ばし、銃を構える他の敵を見て首を傾げる。

「どこかで見た覚えがあるな。誰だったか、ええっと……」

「ふんっ!」

 長椅子が飛んできて、素早く身を伏せた。次は植木鉢、テーブルと手当たり次第に辺りの物が投げつけられているらしい。砲撃のようなそれらもかわしきり、砲撃手の顔を見てようやく、ハルは敵を悟った。

「マチネに相棒とか言われてた大男じゃないか。つまり私が鼻を喰った奴も、アンタも妖怪研究科の学生か」

 言い終わると同時に拳が飛んできて、避けきれずに右頬を撃ち抜かれ体勢が崩れる。腰を捻って横に逃げた瞬間、隣の床がへこんだ。

「自分の指潰してまで私のことを殴りたいのか? 悪いことしたかな……おっと」

 後ろから掴みかかってきた別の学生を壁際へ投げ捨て、次の二人は足を払い横腹を蹴りつけた。

「まあ大体予想はつくけどさ、アンタ死屍子かその部下に操られてないか?」

「……フン」

「無愛想で無口だと、印象悪いぞ。後でその洗脳は解いてやるから、今は鬱陶しいから寝ててくれ」

「きゃあああああッ!」

「マチネ!?」

 甲高い悲鳴が表から聞こえて、ハルは表に飛び出した。学生がマチネと誠を取り囲んで、銃口を向けていた。

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