精神世界のその奥で

第31話「精神世界⑴」

 真っ白なところから突然身体が投げ出され、ハルは綺麗に一回転してトッと床へ降り立った。いきなり辺りはカラフルになり、様々なものが積み上がっていた。

「……ふぅん、これが夢の中ねぇ」

 おそらく昼間はずっと、ここにいるのだろう。ごちゃごちゃと塔を作っているクッションやら枕やらの間を縫って歩き始めた。思えばジャスには何をしろとも言われず、ここへ入れられてしまった。

「夢を迷わないで歩ける奴なんてアンタらしかいないんだって。せめて構造は教えてほしかったな」

 ここには匂いもなければ音もしない。日頃ハルが頼りにしていた五感は今、半分が潰れてしまっている。頼れるのは視覚と触覚だが、これでは心もとなかった。

 愚痴をこぼしたハルの首輪がくんっと引っ張られる。ほんのわずかなものだったが、確かに感じた。

「ひかりが呼んでる……どこだ、もっと強く呼んでくれ」

 引かれた方へ歩みを進めていくが、一瞬のできごとだったために感覚が危うい。さらにどこを見てもクッションの山で、今自分がどんな道を辿ったのかも分からない。

『……ル、ハル。聞こえマスか』

「ジャスか」

『ハイ。貴女を送り込むのでギリギリだったので、ワタシはついていけませんデシタ。この通信も長く持ちマセンから、よく聞いてクダサイ』

 ジャスの声が頭の中へ反響する。

『精神世界は変幻自在デス、ヒトによって見えるものや世界の形は大きく変わりマス。このレディーの中はどうなっていマスか』

「枕とかの山だらけだ、これのせいで方向が分からない」

『それは「不安感」の表れデスね、その山のどこかにひかりサンは眠っているでショウ。扉はいくつあるんデスか?』

「扉はまだ見てないな」

『どのクッションの中にもいなかったら、扉を探し出すのデス。扉はそれぞれの感情の保管場所、今一番表に出ている感情の中にいると思いマス』

「分かった。それじゃ──」

『クッションを崩そうとしていマスね、それはいけマセン』

 ぐっと拳を握ったハルは拍子抜けして力を抜いた。山を取り払うのが最も手早いのだが、ジャスはやめろと言う。呆れた様子の声がした。

『精神世界は無防備だと教えたでショウ。もしひかりサンの眠るクッションを崩せば、もし目覚めたとしても発狂してしまいマス。あくまで一つひとつを手でどかし、決して崩さないようにしてクダサイ』

「この山をか」

 どこまでも広がるクッションの山から、たった一人を丁寧に探すのは骨が折れる。思わずため息をついたハルに、途切れ途切れになったジャスの応援が飛んできた。

『健闘、を祈っ……マス』

「……言われなくとも主人のためさ、やってみせようじゃないか」

 ハルは目の前の青いクッションへ手をかけた。

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