第2話「光の女神」
重くなっていく身体を引きずって木の裏にもたれかかると、ジッと息を殺した。向こうを軍隊の足音が抜けていく。ある程度回復するまで少し眠ろうと小さくなった時、目の前にパッと気配が現れた。
「は……何、なんで」
近づいてくる様子はなかった。本当に突然目の前に気配があったのだ。顔をあげると色素の薄い髪がさらさらと揺れるのが見えた。
「……母さん?」
その髪色と髪型、すらりとした立ち姿といい、まるで母にそっくりだった。だが、ここにいるはずのない人でもあった。
「わたしがあなたの母であるわけがないでしょう。妖怪」
「声は違う……じゃあ、敵か」
声、というより全体な雰囲気が違うのだ。母は目の前の少女よりも落ち着いた声をしていたし威圧的な感覚もなかった。そもそも、こんなに若くはない。目の前の少女は十六、七歳だろうか。キッと睨みつけてひっそり拳を握ると、少女の口から驚きの言葉が出てきた。
「あなたの母の名前は」
「は?」
「言葉が分からないのですか、あなたは。この姿によく似ているであろうあなたの母の名前を聞いているのですよ」
「……あかり。上の名前は知らない」
本当の母親じゃないから、と言葉を続けて相手の様子を窺うと納得したような表情を見せた。どうやら敵意はないらしいことを悟った瞬間、眠気が襲ってくる。
「もういいかな、私は今眠いんだ」
「あなたが必要です。その母のもとへ案内しなさい」
「……話を聞かない人だなぁ、眠いって言ってるだろ。この身体を見て分からないか?」
少女は考え込む仕草をした後、ジッとこちらを見下ろした。
「ならば眠っている間にあなたを家に運びます。目が覚めたら話を聞かせなさい」
「私に関わって、どうなっても知らないから……な」
「聞き忘れてましたが、あなたの名前は?」
「……ハル」
かくんと首が落ちてハルは眠りについた。
「私から話を聞きたいんだよな、アンタ」
「そうです。目が覚めたなら早速話してもらいましょうか」
目の前にきっちり正座をしている女を前に、ハルは両手足の鎖をじゃらじゃらと鳴らした。首輪までつけられて、これではまるで猛獣か何かだ。文句を垂れるハルに少女は冷たく言い放つ。
「妖怪を自分の家に招き入れたのだから、これくらいして当然でしょう。むしろわたしの前で無防備に眠ったあなたに驚きですよ」
「あの反応からして、居場所が掴めてないらしいな。私を殺せば手がかりが消えるだろうから、アンタは私を殺さない」
「ふむ、頭が回るようですね。ですがわたしの正体には気づいていない」
「正体も何も、人間じゃないのか?」
首を傾げたハルに少女は指先を近づけた。途端にゾッと背筋へ寒気が走る。指先とハルの間に全身の毛が逆立つような空気が流れ、傷口が痛んだ。弱っているところに日光が差してきた時と同じ嫌悪感だ。
「なッんだ、やめろ!」
「わたしは
ぐっと指先が首筋へ押し込まれると、肉が焼ける鋭い痛みが走った。光の森は常に太陽の力で満ちている。その中にアマテラスの力が混ざって正体を隠していたのだと知った。
「くそ……っ」
苦い顔をするハルにアマテラスが意地らしく笑いかけた。
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