護りたかった君へ

夕陽託

第1幕・歯車は揃う

日の女王

第1話「逃げ道」

 大地を裸足で踏みしめて駆け抜ける。闇夜の森へわずかに月明かりが差していた。後ろから迫ってくる声を引き剥がそうと、さらに速度を上げて木々の間を縫っていく。パッとひらけた場所に出た瞬間、左右から閃光が炸裂した。

「ぐッ⁉︎」

 待ち伏せしていた軍隊の散弾が左肩を貫く。大きくえぐれた肩を押さえて体勢を立て直した時、こちらへ銃口を向けた人間達が辺りを囲んだ。

「観念しろ。お前の悪事もここで終わりだ」

「悪事だって? 人間が牛や豚を食らうのと同じように、私達は人間を喰らうだけだ」

「黙れ、薄汚い妖怪め。もう人間は食べさせない!」

 撃ち出された銃弾を伏せてかわし、素早く立ち上がって軍人の一人に足をかける。ぐらりと傾いた男の首根っこを掴んで振り回すと軍隊の輪が崩れ、微かに道が開いた。

「待て貴様、追え!」

 男を背負って盾にしながら走り抜けると、流石に仲間は撃てないのか銃を下ろして追ってくる。無性に腹が減ってきてこの軍人のたくましい腕に噛みつきたくなったが、ぐっと堪えてまた走る。距離はだんだんと開いていき、やがて軍隊の姿も声もなくなった。気配もしない。

「ふう、まいたかな」

 軍人を投げ捨て傷を見やると、左肩がどくどくと血を流す。それも一晩明かせば綺麗に塞がるだろう。そろそろ日付が変わるはずだ。闇に紛れてこの森を抜けて、また別の街へ行こうと策を巡らせた。軍隊の包囲網はすり抜けられる自信があった。

 やけに視界の奥が眩しい。策を練っていた思考が焼き切れてしまい、意識がそちらへ動く。

「なんだ、これ。森全体が光ってる……」

 森のある地点を境に奥の方が光っていた。何か一つのものが光っているのではなく、光の中に森ができているような、とにかく影がないほど明るい森だ。この光からは妖怪が嫌う太陽の気配がする。幸いにも太陽光で消滅する弱小妖怪ではないため、せいぜい力が抜けるくらいで助かった。この光った森を迂回しようと考えついた時、足元に糸が張られていることに気づいた。

「なッんだ、ぐあッ⁉︎」

 ピンとした糸に足を取られ、同時に上下左右から銃弾が撃ち込まれる。身を翻して避けるが続けてもう一度、銃弾が飛び交った。目を凝らすとどこもかしこも糸が張り巡らされていて、それに触れるたびに銃弾が発射される仕組みらしい。そのランダムな弾道に苦戦し、一気に身体中を貫かれる。

「わざとここまで追い込んだのか……!」

 ザッザと規則正しい足音が近づいてくる。さっきよりも数が多い。人間を喰い散らかすのは容易だが、今はまだそこまで踏み出せない。向けられた闇色の銃口を睨みつけ、思考回路を働かせた。

「妖怪は殲滅せよ」

「はッ」

 背後は太陽の力に満ちた森、それ以外は強力な散弾銃の銃口に囲まれている。逃げ道は一つだった。

「大尉、あいつ自ら光の森へ踏み込みます!」

「なんだと、自害するつもりか」

 傷口を光の力が焼き、鋭い痛みが駆けた。この森へ入ってもせいぜい傷の治りが遅くなるだけだ、痛みより生き残ることの方が大切だと言い聞かせた。

「ゔっく……」

 どれだけ走ったか、疲れきった足はもつれて地面に身体が投げ出される。フラフラとした視界に人影が見えた。

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