英雄の条件
矢魂
英雄の条件
彼はひどく自己顕示欲の強い男であった。幼少期から目立つことが好きで、自分が物事の中心に居なければ気がすまない
それから数十年、立派な社会人となった彼は自分を殺し、社会の歯車として生きていた。そこにはあの目立ちたがり屋の少年の面影は見当たらない。能力の伴わない人間の自己主張が疎まれるということは、これまでの人生で何度も経験してきたのだ。だが、腹の中にはあの自己顕示欲が燻り続けている。
そんなある日、彼は不思議な壺を手に入れた。妻の付き合いで訪れた古道具市で購入したのだ。彼は骨董品に対して興味などは無かった。だが、不思議とその壺の事は気に入ったのだ。桐の箱に仕舞われたいかにも高そうな佇まいのくせに、以外と手頃な値段というのも彼の背を押した。
家に持って帰るとさっそく彼はその壺を自室に飾った。部屋に飾ると一層雰囲気がでると、彼は大層喜んだ。だが、ただ一点。壺の上部にある黒ずんだ汚れだけが非常に気になった。普段ならズボラな彼のことだ。見えなければ気にならないと、壺を半回転させ汚れを壁側に向けそのままにしておくだろう。しかし、その日は違った。自分で買ったということもあり、彼は妻から雑巾を借りると、その汚れを丹念に拭き取ったのだ。
「ふう!こんなものか」
しばらくして、彼は壺をピカピカに磨きあげた。始めは汚れだけを拭こうと思ったが、途中から興がのりはじめ、気がついたら壺全体を綺麗にしてしまった。そして、彼が作業を終えた直後、不思議な事が起こったのだ
どこからともなく、いや、壺の中からしわがれた男の声が聞こえてきた。
「ありがとうよ。おかげで助かったわい」
「な、なんだ!?」
男が驚き壺を離すと、その中からもくもくと白い煙が立ち登り始めた。そして、それに続いて腰の曲がった色黒の老人がにゅるりと姿を現した。
「ワシはこの壺の妖精。壺を綺麗にしてくれた礼におぬしの願いを三つだけ叶えてやろう」
「何?本当か!?」
あまりの非現実的な出来事に男は一瞬たじろいだ。だが、駄目でもともとと開き直り、壺の妖精に向かって力強く懇願した。
「まずは、俺を英雄にしてくれ!世間の奴らを驚かせるくらいすごいやつにさ!」
「御安いごようじゃ」
老人が頷き、指先を振るうと男の体に力が満ち溢れてきた。
「おぬしに無敵の力を授けた。これからこの町にテロリストが来るだろう。おぬしがその力を使って奴らを退治するのじゃ」
「確かに負ける気がしないな……よし!行ってくる!」
妖精の宣言通り、彼の町には武装したテロリストがやって来た。だが、テロリスト達はその直後に現れた男によって簡単に制圧されてしまった。
単身でテロリストを撃退した男は一躍時の人となり、町の人間は皆彼を英雄だと崇めた。
だが、男の自己顕示欲はそこでは収まらなかった。
「なあ!壺の妖精!いるんだろ!」
周囲に人がいないことを確認すると、彼は妖精を呼び出した。
「なんじゃ?」
「二つ目の願いを叶えてくれ。……もっとだ。国中の人間が俺に注目するような、歴史的な英雄にしてくれ」
「御安いごようじゃ」
老人が頷き、指先を振るうと男の目の前に見たこともない乗り物が現れた。
「今からこの国の上空から宇宙人が攻めてくる。じゃがこのマシンは奴らの宇宙船より遥かに高性能な上に自動操縦じゃ。これに乗り奴らを撃退すればおぬしは世界的な英雄になれるじゃろう」
「よし!わかった!」
男はさっそくマシンに乗り込むと空を目指す。ほどなくして、上空には無数の宇宙船が現れた。だが、男の乗るマシンの性能にはついてこれず、次々にそれらは撃墜されていった。そして男はそのまま、宇宙人の母艦に向かって突撃し、見事破壊することに成功した。
「やったぜ!最高の気分だ!」
男は
「おい!壺の妖精!」
「はいはい。なんじゃろ?」
「俺を……もっと、もっと凄いヤツにしてくれ!未来永劫歴史に名を刻み続ける、伝説的な英雄にしてくれよ!」
「今より凄い英雄ですかのぅ?」
妖精はしばらく考えるとこくりと頷いた。
「わかったわい。じゃあこうしよう」
そういって妖精は手を伸ばすと操縦席の脇にあった赤いボタンを押した。
「何をしたんだい?」
「自爆スイッチを押したんじゃ」
「なっ!!」
慌てる男に向かって妖精は、極めて冷静な口調で語りだした。
「歴史的な偉人というのは死ぬことで初めて完成する……。ま、そういうことじゃ。良かったの」
その後男は、彼の望み通り英雄として語り継がれることとなる。宇宙人と戦い相討ちとなった英雄として……。
英雄の条件 矢魂 @YAKON
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