第一章 始まりの死 01


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 ――その少女は、割れた後頭部から深紅の脳髄を咲かせていた。


 まるで彼岸花のように赤々と、恨みがましく。

 きっと自らの身に起こったことにも気づかなかったに違いない。


 そのうつ伏せられた顔にどのような表情が浮かべられているのか。

 苦悶か、あるいは何も知らず、ただ穏やかな寝顔を浮かべているだけなのか。

 いずれにせよ、刹那の出来事だったのは、ある意味で幸いだったのかもしれない。


 ほかにも周囲には、枯れ朽ちた老木のように四肢を乱雑に投げ出したたくさんの人々が折り重なって倒れていた。

 人々――否、、だ。

 数秒前まで当然のように生命活動を行っていたそれは、いまやただの肉塊でしかない。


 上半身と下半身を分かたれ、臓物と汚物を撒き散らすもの。

 無数のガラスと金属片に全身を刺し貫かれ、さながら前衛芸術のようになっているもの。

 猛炎により一瞬でウェルダンまで焼かれ、小さく縮こまってしまったもの。

 そも頭部も四肢も喪失し、原形すら残していないもの。


 見渡す限り、そこにはありとあらゆる『死』が偏在していた。

 わかることはただ一つ。

 その世界で――当然のように『生きて』いるのは、自分だけなのだと。

 薄布で覆ったような意識の中、幼いながらに俺はぼんやりとその事実を理解する。


 大好きだった母も。よく内緒でお菓子をくれたお姉さんも。一緒に遊んでくれたお兄さんも。少し怖かった嫌なことばかり言うおじさんも。いつも笑っていたおばさんも。

 みんなみんな、死んでしまった。ことのほか冷静に状況を分析する。


 視覚は無造作な死と鮮紅の炎の揺らめきを。

 聴覚は遠くの悲鳴と豊富な燃料の誘爆音を。

 嗅覚は毛髪と皮膚と臓物が焼かれる臭気を。

 触覚は燃え盛る熱と生命に関わる外傷痛を。

 味覚はただ鉄さびのように生臭い血の味を。


 五感すべてを駆使して認識した世界を――俺はただ、地獄のようだ、と思った。

 幼く拙い想像力。

 しかしてその光景は、それ以外に形容のしようがないのもまた事実だった。


 紺碧に染まりながらも不自然なほどに明るい深緋こきひの空。茫洋と浮かぶ月は、紅蓮のように朱く燃えている。

 目に見える限りの地表は軒並み紅炎に侵蝕され、焦熱の風は容赦なく皮膚を灼いていく。

 誇らしげにそびえ立っていたビル群は、まるで濡れたボール紙のように拉げ折れ曲がり、かつて栄華を誇っていた世界有数の繁華街は見る影もなく崩壊してしまった。


 そこでふと、何気なく左腕に触れてみる。

 しかし、本来当然あるべきそれは無く、伸ばした右腕はただくうを切る。

 ぼやけた意識を左腕に向ける。

 すると肘から先が千切れ、歪な断面から夥しい鮮血が流れ出ているのが見えた。

 それから、ああ、と思い出す。


 左腕は、のだ、と――。


 靄掛かった思考で空を仰ぐ。

 非想の天には、あまりにも巨大な、異形の怪物が漂っていた。

 骨格標本じみた六対十二枚の羽が、禍々しいシルエットを形成している。

 それは最愛の母を殺し、俺の腕を食い散らかした、忌むべき存在。


 だというのに――。

 俺は何故、異形の怪物の咆吼に、亡き母の慟哭を重ね合わせてしまったのだろうか。

 薄れゆく意識の中で、その想いだけが鮮明に色を持ち。


 ――そうしていつもそこで、終わる。

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