An Excuse
床町宇梨穂
An Excuse
人間はなにか行動を起こすとき理由が必要だ。
そしてそれは必ずしも直接的なものでない場合が多い。
芸術に触れてみたいからパリに行く。
でも本当は買い物がしたいだけ。
好きな食べ物はパスタ。
でも本当はこってりラーメンが大好き。
菜食主義になったのはただのダイエット。
牛や豚がかわいそうな訳ではない。
東京の大学しか受験しないのは行きたい学校があるわけではなくて一人暮しがしたいだけ。
中小企業に入社したのは将来性を見込んでだ。
大企業の入社試験に落ちた事など絶対に言えない。
あの日の彼女もなにか理由を探していたのかもしれない。
その夜突然、美雪は僕の部屋にやってきた。
美雪は僕の恋人である恵理の大親友だ。
恵理が僕の家に来てると思ったらしい。
もう九時を過ぎていたし男の一人暮しの部屋に恋人の親友を上げるのはどうかと思ったが、外はいつのまにか雨が降り出していて、美雪の髪も濡れていたのでとりあえず部屋に招き入れた。
僕はタオルを彼女に渡しながら傘を持っていなかった理由を聞いた。
突然降り出した雨だったらしい。
肩より少し長い髪をタオルでふきながら彼女は僕を上目づかいで見つめていた。
その視線に僕はちょっと気まずくなり彼女に飲み物を勧めた。
彼女はビールがいいと言った。
あまりお酒を飲まない彼女がどうしてだろうと思ったが缶のまま彼女に渡した。
そして僕もビールの缶を開けた。
それから二人は世間話をしながら、一時間の間に8本のビールを空けた。
いつもお酒を口にしない彼女がすごい勢いで飲むのでびっくりしたが、少し酔ってきた彼女は饒舌になってとても楽しかった。
僕達はビールがなくなったのでウイスキーを飲む事にした。
僕は、どちらかと言えばお酒に強い方だが、いつも見る事ができない美雪の一面を見たような気がして、酔いが少しずつまわってきた。
それから二人はボトルを半分ぐらい空けて、どちらからという訳ではないがベッドに行った。
そして酔っていると思っていた彼女が突然つぶやいた。
お酒のせいよ。そこには彼女の理由があった。
自分が親友の彼と寝る訳がない。
そう、お酒のせいだ。
美雪が雨の中僕の家にやってきたのもお酒のせいだし、僕が恵理の恋人だと言う事も、彼女にとってはお酒のせいなのかもしれない。
酔った振りをするのもお酒のせいなら、僕と抱き合っているのだってお酒のせいだ。
彼女にとってはすべてがお酒のせいだ。
男女の関係には理由なんて要らないって言っていた人がいる。
でも僕は男女の関係だからこそ理由が必要だと思う。
美雪の理由はお酒だ。
それが雨だろうが、風だろうが構わなかったのかもしれない。
でも彼女の理由はお酒だった。
僕はそんな彼女がとても愛しく思えた。
An Excuse 床町宇梨穂 @tokomachiuriho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます