第40話:エルフの戦い

「これ、美味しい!」

「刺身見てると、わさび醤油が懐かしくなる。あ、このタコサラダっぽいのは美味しい」

「タコ?」

「料理前のは見ない方が良いかも」


 ゼウスとステファニーは、宿を決めた後、街に繰り出して夕食を食べていた。

 近海で摂れた魚介類を生で食べる場合は、主にマリネにされる様だ。


「こ、これは……米!」


 イカスミのリゾットっぽい料理が出て来て、ゼウスは懐かしさに打ち震える。

 口の周りを真っ黒にしてリゾットをかき込むゼウスを、微笑ましく見つめるステファニー。しかし自分は、ゼウスが幾度となく進めて来るイカスミを敬遠し、代わりにパエリアらしきものを食べている。

(これ、絶対先人の転生者が作ってるよなぁ)

 とゼウスは思って店に聞いてみたが、カルベナに勇者はいないとの事だった。襲ってくる魔王もいなければ、今まで戦争を仕掛けて来る国も無かったので、召喚する必要もなかったらしい。

 ただひとつ気がかりなのは、一昨年、北の国サイラスが勇者を召喚した事で、その為、カルベナの政治家達は、エルフに助力を求める様になった。と、聞いてもいない事まで親切に教えてくれた。

 食事を済ませた二人は、宿に戻ると入浴の準備を始める。


「海を見ながらお風呂に入るって、中々ないよねぇ」

「そそそ、そうですね」


 海に面した所にあるこの宿は、個室にそれぞれ露天風呂があって、海を一望できる造りになっており、観光に来た人々に人気だった。その分お値段も弾むのだが、そこはゼウスが奮発している。

 先に入っているゼウスに促され、恥ずかしがりながらも一緒に入るステファニー。今も周囲から見られていないか、きょろきょろしている。


「大丈夫だよ。周囲に気配はないから安心して」

「は、はい」


 ゼウスの言葉に少し落ち着くと、横に座る。


「綺麗ですねぇ」


 水平線に沈みゆく夕日を眺め、ステファニーは感嘆の声を漏らす。しかしその顔にはアーダと別れて以来、陰りが付きまとっていた。

(おまきれ)

 と言いそうになるのをぐっと堪え、ゼウスは口を開く。


「あの人達を助けたい?」

「え?」


 突然の質問に最初は何の事か分からず、首を傾げてゼウスを見上げていたステファニーだが、アーダ達の事だと気づいて、正面を向き項垂れる。


「そうですね、関心がないと言えば嘘になります。この手に赤ちゃんを抱いた時、この命を物のように捨てる人がいるという事が信じられませんでした。出来れば、もうそんな事はして欲しくないと思います」


 ステファニーは話しながら、両手でお湯を掬い上げると、零れ落ちて行く様をじっと見つめている。


「じゃあ、助けようか」


 後ろからステファニーの両手を自らの手で包み込むと、ゼウスは耳元で囁いた。


「さすが勇者様ですね」


 くすぐったそうに身をよじると後ろから覗き込むゼウスと目を合わせる。その顔にもう陰りは無くなっていた。


「ステファニー専属の勇者だから、君が困ってる時だけだよ」

「しかもエッチですよね」


 両手を包んていた手は、いつの間にかステファニーの胸を包んでいた。


「それも君にだけですよ」

「もう……」


 少し呆れながらも、その手に自らの手を重ねると、ゼウスの胸にそっと体を預けた。




 翌朝、二人は荷物を纏めると、朝一の駅馬車でサイラス方面へ出発する。

 そして、サイラス手前の駅で降りると、食料を補充して、東のケシオ山へ向かった。

 半日歩き詰めで山のふもとまで辿り着くと、ドラゴンに見つからない様、慎重に山を登り始める。

 足跡を探しつつ登っていると、やがて大きな洞窟が姿を現した。


「誰だ!」


 見張りらしきダークエルフが二人、入り口からこちらを睨む。


「怪しい者ではありません!」


 と、ゼウスは怪しい者の常套句を叫びながら、両手を上げ近づき、アーダがいないか問いあわせる。

 暫くして確認に洞窟へ入った見張りの一人が戻ってくると、アーダも一緒に現れた。


「お前達、どうした?」


 アーダは二人を見ると優しい目に変わり、奥へと招き入れる。


「助け?」

「ええ。これ以上赤ちゃんが捨てられない様になる方法があれば、助力したいと思いまして」

「それは有り難い事だが、何故関係の無いお前達が助けてくれるんだ?」


 アーダは、突然の提案に敵意とまではいわないものの、不思議そうな顔で二人を見つめる。


「この手に抱いた命が無為に消えて行く事が許せなかった。それが我が子では無くとも見過ごせなくなった。それが理由です」


 ステファニーは、アーダを正面から見据え、答える。


「あんた、子供は?」

「いえ、まだ……」

「良い母親になるぜ」


 アーダはそう言うと、優しい顔に戻り、ステファニーの肩を叩いた。


「とは言え、いきなりで悪いが戦争が始まる。あんたらはすぐに離れた方が良い」

「戦争?」


 ステファニーは想定外の展開に驚くと、アーダに問い返す。


「ああ。里のエルフが、明日にはここへ攻め込んでくるんだ」

「と言っても、あなた達十人もいないじゃないですか。それで戦うつもりですか?」

「逃げ道は既に塞がれてるからな」


 アーダの話によれば、北へ抜ける街道や獣道も既にカルベナの傭兵が押さえているとの事だった。


「えらく詳細な情報を得ているんですね」


 ゼウスが不思議に思い尋ねる。この中に一人だけ肌の白いエルフがいる事で既に察してはいたが。


「それは僕が情報を持ってきたからです」


 案の定、肌の白いエルフが声を上げる。


「里の中にも、忌み子として捨てる事を反対する人々が一定数居ます。だから今回の襲撃に合わせて、蜂起する手筈になっています」

「それで勝算ありと見て戦う訳ですか」


 ゼウスは、少数で反抗する理由に納得すると、ステファニーを見る。

 その瞳は、いささかも揺らいではいなかった。


「そう言う訳ですので、微力ながらお手伝いさせていただきます」


 振り返ると、ゼウスはアーダに加勢する旨を伝えると、手を差し出す。


「物好きな夫婦だな」


 アーダは微笑を浮かべると、ゼウスの手を握り返した。


「取り敢えず僕は、里に帰って侵攻の準備を進めながら、反抗の機会を伺う。攻撃の手が止まったら始まったと思ってくれ」

「ラムス、気を付けて」


 ラムスと呼ばれたエルフは、アーダに軽く口づけすると、山を下りて行く


「ラムスさんって、もしかしてアーダさんの?」

「ああ、公にはしていないが誓い合った仲だ」


 ステファニーの問いに、アーダは少しばかり恥ずかしそうに答える。


「はやく、一緒に暮らせるようになると良いですね」

「そ、そんな事は良いから、準備を進めるぞ」


 恥ずかしさを紛らわせるように、アーダは準備に勤しんだ。




 そして翌日の早朝、ゼウスは洞窟の外に出ると一つ伸びをする。

 雲一つない青い空に、鳶か鷹か分からないが、上空を鳥らしき物体が旋回している。


「良い天気だなぁ。これから殺し合いが始まるとか、信じられない」


 攻めて来る魔王や魔物を倒す戦いと違い、同族同士の戦いでの助っ人である。出来れば相手の命も奪いたくはないと、ゼウスは思っていた。

(そんな技量があると自惚れては無いんだけど……)


「剣が無いんだよなぁ」


 腰に差してある二つの短剣を撫でながら、ゼウスはぼやいた。


「む……」


 遠くで何かが光るのを目にしたゼウスは、そそくさと洞窟に戻る。

 数秒後、洞窟前に無数の矢が降り注いできた。


「敵襲ー! っぽいですよ」


 ゼウスが洞窟に向かって叫ぶと、アーダを始め、残りのダークエルフとステファニーが駆け寄ってくる。


「では、予定通りに」

「ああ、頼む」


 ステファニーはアーダへ一声かけると、洞窟の入り口にシールドを展開した。

 暫くは攻撃を耐え忍んで、ラムスの蜂起を待つ作戦だ。

 十分程散漫な弓の斉射が続くと、攻撃が止む。


「意外と早かったね」


 ゼウスが様子を見ようと洞窟から出かけたその時、崖の下から白い姿が上昇して来た。


「エルフってアイスドラゴン好きだね」

「三度目……」


 ゼウスは洞窟へ戻り、ステファニーはシールドを張り直す。


「どうしよう、アレ」


 外に向かってゼウスが指さしている間に、ドラゴンの姿は三匹に増えていた。

 ドラゴンの鱗を切り裂けるほどの武器が無い今、格闘に持ち込んで、鱗の無い首回りや腹部を刺すしかないのだが、三匹相手では格闘している間に叩き落とされるかブレスを食らう可能性が高い。とは言え、このままではシールドを削られ、洞窟内での戦闘になってしまう。

 それだけは避けたかったゼウスが、意を決して飛び出そうとしたその時、


「ギャッ!」


 ドラゴンの短い悲鳴と共に、三匹の内の一つが赤い塊となってはじけ飛んだ。


「!」


 目の前の光景に、ゼウスとステファニーが唖然としていると、アーダが喜び勇んで声を上げる。


「フルメヴァーラ様だ!」


 その一撃は、暗黒神エレンボスの代行者、魔王フルメヴァーラの物だった。

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