第17話 いる人と、いない人
駅前のスーパーに着いた俺と勝手についてきた南雲は、買い物を済ませて店を出た。
「
「ああ、そうらしい」
現在、俺は南雲の用事に半ば強引に付き合わされる形で、目的地も知らされないまま歩いている。
「やっぱ、魔法少女ちゃんに作ってもらうんでしょ? 毎日手作り弁当食べてるって噂だし」
「そんな噂まであるのかよ……」
実際その通りではあるのだが、自分が学校で噂の対象となっている事実自体、不思議な気分だ。それと、あまり喜ばしいとは思えない。
「羨ましいなあ、料理上手な女の子と一緒に暮らしてるとか」
「なんだその微妙におっさんみたいな言い方は」
「ちょっと、女子高生に対してそれは失礼じゃない?」
「あー、つい……というか、耳が早いな。一緒に住んでるって話は、さっき帰る前にライラックがバラしたばかりの筈なんだが」
「あっ、と……」
何気なく口にしたつもりの俺の言葉に、どういうわけか南雲は焦ったような反応を見せてから。
「や、実は何度か見たことあってさ。朝、二人が同じ家から出てくるとこ」
取り繕うように、そう説明してきた。
「周りの目は、極力気にしてきたつもりだったんだけどな」
「その割には、大体いつも一緒に登下校してるじゃん?」
確かにその通りだ。
改めて思い返せば、少々迂闊過ぎたかもしれない。
しかし、言って聞いてくれるライラックではなさそうだが……待て。
「南雲って、日常的に俺たちのことを観察してるのか?」
「え……? あっ」
先程からの言いように違和感を覚えて尋ねてみると、南雲はあからさまに「しまった」と言いたげな顔をしてから。
「そ、それよりさ。魔法少女ちゃんって、実際どんな魔法が使えんの?」
わかりやすく、話題を変えてきた。
どうやら聞かれたくないらしい。
やたら絡んできたり、ライラックについて情報を得ようと質問してくることも多いが……。
俺たちのことを面白いゴシップの種か何かとでも思って、面白がっているんだろうか。
「一応聞くが、そんなもん知ってどうするんだ」
「単純に、興味本位的な? 身近に魔法少女がいるってなったら、当然気になるっしょ」
まあ、一理ある……のかもしれない。
魔法少女なんていう、特別な存在が周囲にいたら、物珍しさからその力について大なり小なり興味を持つのが普通の感覚なんだろう。
そして、本来ならそれは、隠し立てする内容ではないのかもしれないが。
今回に関しては、話が変わる。
ライラックは、魔女や魔法少女にとっての生命線である、固有魔法を使えない。
そして、本人はそのことに、負い目を感じている。
ならば、おいそれと他人に言いふらしていい話ではない筈だ。
「あ、もしかして」
どう答えるべきか俺が迷っていると、南雲は何かを悟ったようにそんな声を発して。
「魔法が使えない、とか」
隠そうとした核心に、あっさりと触れてきた。
俺は口を半開きにしたまま、静止する。
返す言葉が、咄嗟に見つからない。
「……なんで知ってるんだ」
少しの沈黙の後、ようやく絞り出したのは、そんな無様な言葉。
「なんとなく、使ってるの見たことなかったから言ってみたんだけど……その感じだと、図星かー?」
南雲はそんな俺の反応を前にして、得意げに笑った。
「カマかけたのかよ……」
ライラック本人が魔法少女を名乗っている以上、見たことないだけで『使えない』という結論が出てくるのはやや飛躍し過ぎている気もするが……今のは流石に俺が間抜けすぎた。
「ああ、安心して? 一応あたしも言いふらす趣味はない……てか、そもそも言いふらす相手がいないし」
「あー……そうか」
……情報がこれ以上広まる心配がないという点は、不幸中の幸いかもしれない。
「けどさ、魔法が使えないのに、魔法少女になれるもんなの?」
「ライラックの場合、固有魔法は使えないけど、汎用魔法の方はある程度使えるらしい」
「あ、なるほどね。じゃあ、実はそっちの才能はあったり?」
「いや……ライラックは、Cランク相当の評価とか言ってたな」
「ふーん……」
俺の答えに、南雲は興味深そうに目を細める。
魔法について結構詳しかったりするみたいだし、そっち方面のオタクなんだろうか。
魔女や魔法少女といった存在は、兵器的な側面を持つ能力と華やかで美しいとされる容姿から、ミリタリー系とアイドル系のハイブリッドみたいな趣向のオタクが存在すると聞く。
南雲は下を向き、しばし考える素振りを見せた後、ふと顔を上げた。
「あ、てかさ。着いたよ」
「用事って……ここでかよ」
南雲が指さしたのは、駅から少し歩いたところにある、ゲームセンターだった。
……確かに、『ぼっちだから放課後遊びに誘うような相手なんていない』みたいな話はしていたけど。
「もしかして、本当にただ遊びに来たってだけじゃないよな」
「や、ゲーセン来て他に用事ある?」
何食わぬ顔で、南雲は小首を傾げる。
「……帰ってもいいか?」
「駄目に決まってるっしょ」
さっきまで、
楽しみの対象がすっかり目の前のゲームセンターへと移行した南雲と共に、俺は騒がしいBGMとメダルの音が鳴り響く建物の中へと入っていった。
「で、これはなんだ」
「俗に言う、プッシャーゲームってやつ? ジャックポットとか細かいルールは色々あるけど……基本的には台がメダルを押して、落ちてきたメダルが手に入るって感じ」
駅近くのゲームセンターにて。
座席ごとに区分けされた六角柱のような形状をした筐体の一角に腰を下ろし、南雲はメダルゲームに興じていた。
海がテーマのゲームらしく、筐体は全体的に青系のネオンで照らされており、内部には貝や海藻の意匠を凝らしたオブジェのようなものが配置されている。
よほど夢中になっているのか、背後に立つ俺の話にも一瞥もくれずに応じながら、南雲は投入口にメダルを構えた。
「いや、台の解説とかはどうでも良くてだな」
「じゃあ、何が不満なのさ」
南雲は鼻先が触れるほどの距離まで顔を筐体に近づけながら、疑問を口にした。
山のようなメダルが往復を繰り返す押し板に突き動かされる中、反応するとスロット抽選が始まるらしいセンサーのようなものを狙い、メダルが落ちる位置を微調整している。
「俺、必要ないだろこれ」
「って言うと?」
「用事に付き合ってほしいとか言ってた割には、南雲が一人で遊んでるだけじゃないか」
「……ふむ」
俺の指摘に、南雲は手を止めて振り向いた。
「いつもこんな感じだったから、急に自分以外の誰かと一緒に来た時に何したらいいか分かってなかった、的な?」
何故か疑問形になりながら、南雲は己の行動の意味をそう分析する。
「急も何も、ここに連れてきたのはそっちだろ……」
俺が呆れた眼差しを向けると、南雲は言い訳がましく苦笑した。
「はは……メダルゲームって一人で黙々とやれる趣味だから、ぼっちにはおすすめなんだけどねえ」
言うだけあって、南雲が座る台の受け皿は、お店に預けていたものを引き出した大量のメダルで埋め尽くされている。
どの程度の時間を掛けて集めたのかは不明だが、相応の熱意を注いできた証拠だろう。
「放課後はいつもここに来てるのか?」
「ああ、うん。元々趣味にハマってる余裕なんてなかったんだけど、最近は時間が作れるようになったからさ」
南雲は頷きながら微笑むが……どういうわけか、その表情は寂しげに映った。
自分の趣味という、むしろ楽しいことについて話していたはずだが、何故そんな顔をするのか。
「っと……」
俺の疑問が視線に表れていたのか、南雲ははっとした顔をすると、場の空気を流すように明朗な笑みを作った。
「それよりさ。あたしが一人で遊んでるのが不満なら、桂木も一緒にどう? ちょっとくらいならメダルあげるよ?」
「あー……そうだな」
俺は言葉を濁しつつ、スマホを一瞥して時間を確認する。
とりあえず、夕飯まではまだ時間がありそうだ。
ライラックからの連絡も来ていないし、買った具材を持ち帰る前に油を売っている余裕くらいはあるだろう。
「……わざわざここまで来たんだし、お言葉に甘えさせてもらうとするか」
俺の答えに、南雲は満足そうに頷いて、メダルで満杯のカップを差し出してきた。
受け取ろうとそのカップを掴むが、何故か南雲は手を放してくれない。
「おい、どうした」
「や、さ。せっかく二人で遊ぼうってのに、別々でメダルゲームやってるだけじゃ微妙じゃん?」
「まあ、そうかもな」
基本的に誰かと遊ぶ機会なんてなかったから、あまり馴染みのない感覚ではあるが、言いたいことは分かる。
「あ、そうだ。制限時間内にどっちが多くメダルを増やせるか、勝負しよっか。負けた方は勝った方にジュース奢りで」
南雲はカップから手を放し、名案とばかりに手を打ち鳴らす。
「いや……それ、こっちが不利すぎないか。俺、メダルゲームなんて殆どやったことないんだが」
俺はカップを取り落としそうになりながらも、異を唱える。
「そこはほら、あたしが桂木のメダルを提供してるわけだし。スポンサーが気持ちよく勝てるようにするのも、大事なことじゃん?」
南雲は何食わぬ顔で、そんなことを言う。
要するに、上手く接待のようなことをしろ、と。
……まあ、それなりの量のメダルを譲り受けているわけだし、飲み物の一杯くらいは妥当な対価だろう。
俺は諦め半分で自分に言い聞かせて、南雲の提案を受けることにした。
「……酷い目にあった」
一時間後。
俺は一人、ゲームセンター内に設けられた自販機コーナーにいる。
案の定というかなんというか、南雲との対決は、メダルを増やすどころか半減させた俺の大敗という結果に終わった。
俺は財布から小銭を取り出して、自販機に投入する。
生活費とは別に義姉のセルティリアから多少の小遣いを貰っている立場だが、今までろくに使う機会がなかったため(主に交友関係が皆無だったことが原因で)懐には余裕がある。
頼まれていたコーラと、自分用のコーヒーを購入し、未だメダルゲームに興じる南雲が待つ筐体へ戻ると。
「ねえキミ、いつも一人でゲームしてるよね」
「かわいいのに勿体なくね? オレらともっと楽しいことしようぜ」
大学生くらいの年齢と思しきガラの悪そうな男二人組に、南雲が絡まれていた。
「……」
しかし南雲は返事をするどころか視線を合わせることすらなく、仏頂面で筐体と向き合っているだけだ。
そもそも閑散としているのもあるが、ちらほらいる他の客は眼の前のゲームに夢中になっているか、騒音で気づく様子はない。
「おーい、無視?」
「ビビってんじゃね? お前の顔イカついし、ハハ」
「てめえ……チッ、まあいい。だったらこのまま拉致ろうぜ」
「ああ、近くにちょうどいいホテルもあるしな、ヘヘ」
……なかなかタチの悪い連中らしい。
男たちは南雲の意志など構うことなく、下衆な会話を交わしている。
大人しいのを良いことに、強引にどこかへ連れ込む算段のようだが……流石に見過ごす訳にはいかない。
「おい、お前ら」
俺は買ってきたジュースを手近な筐体の上に置くと、南雲を囲む男たちの背後から、声を掛けた。
「ああ?」
「なんだてめえ、この子のカレシ?」
俺よりも一回り大柄な男たちは、威圧するような鋭い視線で見下ろしてくる。
邪魔をするなら容赦はしない、とでも言いたげだが、大人しく従うわけにはいかない。
それにしても、俺と南雲の関係性か。いったいどう表現したものやら。
「あー……ぼっち仲間、ってところだな」
俺の答えに、男たちは怪訝そうに顔を見合わせた。
「はあ? 何言ってやがる。変な眼帯つけやがって、ナメてんのか」
……いや、それは今関係ないだろう。
「女の前だからってカッコつけてると、痛い目見るぞオイ!?」
獲物を前に邪魔された獣のような荒々しさで、男の一人が苛立ちを露わにして迫ってきた。
身体がぶつかり合うような距離で、見合う。
「と、言われてもな……俺としても、引き下がるわけにはいかないんだが」
もっとも、事を荒立てるのだって、本意ではない。
叶うならこの隙に男たちのお目当てである南雲が逃げてくれるのが理想だが……当の本人は、相変わらず椅子に座ったまま、立ち上がるどころかぴくりと動く気配もない。
この状況に、気が動転しているんだろうか。
無理もないが……このままでは平和的な解決とはならなさそうだ。
「ハッ、調子乗りやがって」
「だったらオレが教えてやるよ! 身の程ってヤツをなあ!」
どうやら、俺の態度が気に入らなかったらしい。
男の一人が、拳を振り上げて殴りかかってきた。
喧嘩慣れしているのか、腰の入ったそこそこの重たそうで速度のあるパンチが、俺の顔面めがけて飛んでくる。
しかし、この程度屁でもない。止まって見える、なんて表現すら誇張ではないかもしれない。
胡散臭い義姉が易々と振り回す、神速が如き絶剣と比べれば、の話だが。
「っと……」
俺は眼前の拳を最小限首を振るだけで避けると、腕が伸び切って隙だらけになった男の鳩尾にカウンターの拳をお見舞いした。
「ごっ……!?」
男は表情を苦悶に歪めながら、その場に崩れ落ちた。
……セルティリアの遊びに付き合わされていた以外、まともに対人戦をした経験なんてほぼなかったが、喧嘩レベルなら案外なんとかなるらしい。
「なっ、てめえ!!」
うずくまる男を眺めながら呑気な感想を抱いていると、もう一人が激昂して襲いかかってきた。
胸ぐらを掴もうと、手を伸ばして――。
きたところでその手を躱し、身を低くしながらまた鳩尾を狙って拳を打ち込んだ。
「がはっ……!?」
二人目も、一人目の男同様その場に崩れ落ち、苦しそうに悶えた後、やがて意識を失ったのか動かなくなった。
「……素手だと勝手が違うな」
俺は男二人を見下ろしつつ、改めて南雲に目を向けて。
「あー……大丈夫か?」
「ああ、これくらい余裕余裕。桂木がやらなかったら自分で倒すつもりだったし」
俺の問いかけに対し、南雲はメダルゲームに興じる手を止めて振り返りながら、冗談のつもりか気丈にそんなことを言ってのける。
怯えていたのかと思ったが、思いの外肝が太い。
この様子なら大丈夫そうだ。
「しっかし……なかなか凄かったよねえ、さっきの桂木。只者じゃないっつーかさ。こういう荒事みたいなの、慣れてるの?」
床でノビている男たちを面白がるように見下ろしながら、南雲は尋ねてくる。
「そうでもないが……昔はもっと人間離れした奴に絡まれてたからな。それと比べれば、大したことない」
「へー……?」
南雲が興味深げにこちらを見てくるが、あの面倒で胡散臭い義姉は、世間的には超がつくほどの有名人だ。色々と詮索されるのは、面倒臭い。
「何にせよ……とりあえずこの場から退散するぞ。こいつらが起きてきたら面倒だ」
「ふむ……ま、おっけー。メダル預けてくるからちょっと待ってて」
少し間があった後、南雲は頷くと、筐体の受け皿に敷き詰められたメダルの山をカップへ回収し始めた。
「ったく……ここぞとばかりにタカりやがって」
「はは、いただきまーす」
ゲームセンターを出た後。
俺と南雲は、少し歩いた先にある小洒落たジュース屋の店外に設置されたベンチに並んで座っていた。
先程の騒動の後逃げるようにゲームセンターから退散したこともあり、自販機で買った飲み物を置き忘れてきてしまったのだが。
その代わりとして、フレッシュジュースの専門店などという、けったいな場所に連れてこられ、罰ゲームを果たすこととなったのだ。
値段が自販機の三倍近くすることもさることながら、俺みたいな日陰者とはおよそ場違いな空間に思えてならない。
「いやー、こういうとこ一度来てみたかったんだけどさ。流石にぼっちじゃ浮く気がしたんだよねえ」
そう言う南雲ではあるが、女子高生を始めとした若い客層には溶け込めている気がする。
外見的には、何ら違和感はない。
というか、むしろ。
「……俺みたいなのを連れてた方が浮くと思うんだが」
「んー、そう?」
とぼけた反応を見せながら、プラスチックのカップに入ったジュースをストローで啜る。
確か南雲のは、オレンジとパイナップルの味だったはずだが、それよりも。
さっきから、というか最早毎度のことだが……距離が近い。
南雲は現在、俺と肩が触れ合うような位置に座っている。
時折、こっちからさり気なく距離を取ろうとするのだが、その度にまた、会話の最中に接近してくるのだ。
俺としては、どうもやりにくい。
他の客からは、一体どういう風に見られているんだろう。
ただ、南雲の場合、ライラックみたいに意図的にやっている感じはない。
だから、もしかすると彼女がぼっちであることに起因している可能性がある。
今まで他人と接してきた経験が乏しいせいで、所謂パーソナルスペースの感覚が掴めていないとか、そんなところだろう。
「さっきからどしたん、ジュースも飲まずにぼーっとして。もしかして、あんまり美味しくなかった?」
「あー……別にそういうわけじゃないんだが」
上の空になっているのが傍から見て取れたのか、不審がられてしまった。
動揺を隠しながら答えようとするが、歯切れが悪くなってしまう。
「ひょっとして、こっちの味も試したくなったとか?」
どう解釈したか、南雲は自分のジュースを軽く揺らして見せてくる。
「いや、まあそういうわけでもないんだが」
そう言って、俺が軽く否定すると。
南雲は俺の手の中にあるジュースの方に、視線を注いできて。
「そ? あたしは、桂木のやつも味見したいけど」
南雲はそんなことを言いながら、悠然と身を乗り出すと。
俺が持つカップのストローを咥え、啜った。
「なっ……」
予想外の行動に俺が呆気に取られる中、南雲は味わうように二口三口飲んだ後、ストローから口を離した。
「……桂木のは、ストロベリーとバナナのミックスだっけ。ふむ、こっちもなかなか……」
顔を上げて、感想を口にしていくが。
「って、あれ? どうしたん?」
途中で異変に気づき、俺の顔色を窺ってきた。
「あー……まあ、南雲がいいなら俺は構わないが」
曖昧に返しながら、俺は視線を自分が持つジュースのストローへと軽く見やる。
「……?」
南雲は小首を傾げつつ、俺の視線を追いかけて。
「あっ……」
遅れながらに、俺の言いたいことを理解したような声を漏らした。
「……間接、キスかあ」
そして南雲は小さくつぶやくように、自らがした行為の名を口にする。
そのまま数秒間、南雲はジュースのカップを持ったまま硬直したような状態になり。
やがて、両足をバタバタと揺れ動かしながら。
「うあ、うわっ……! もしかして今、結構とんでもないことしたんじゃ……てか、なんであたし、こんなに慌てて……」
狼狽えた様子を隠すこともなく、南雲はうわ言のように口にする。
「あー……」
……気にしないタイプかと思ったが、意外とそうでもなかったらしい。
この反応は想定していなかったが……どう収拾をつけたものか。
「ね、ねえ桂木! あたし今……!」
もし南雲がライラックと同じタイプなら、軽くデコピンでもすれば冷静さを取り戻しそうだが……アレを誰彼構わずやるのが正解だとは思えないし。
なんとなく、気が引ける。
「……あ」
不意に、賑やかな気配が静かになった。
気づけば、南雲が我に返った……というよりは半ば放心したように、口を開けたままこちらを見つめていた。
「悪い……少し考えごとをしてた」
「ああ、うん……そっか……」
そう言う南雲は直前までの浮ついた雰囲気とは打って変わり、不思議な程に穏やかな顔で微笑を浮かべた。
「あー……もしかして、気に障ったか?」
豹変ぶりと噛み合わない会話に引っかかりを覚えながら、俺は尋ねる。
「や、別に……ただちょっと、分かっちゃった気がしてさ。桂木には、いるんだなって……」
悟ったような顔で、南雲は答える。
「いるって……なんの話だ」
「なんつーか……桂木とあたしは、似た者どうしだと思ってたけど……やっぱり違ったなあって」
南雲は真っ直ぐとこちらを見た。
相変わらず、俺と南雲が似てるとか似てないとか、その真意は、理解できなかったけど。
何か、確たる意志が言葉の内に込められていることだけは、感じた。
南雲は、自らの手にするジュースのストローに口をつけて、僅かに残っていた分を一気に飲み干す。
「んー……甘酸っぱいなあ」
そしてしみじみと、侘びしげにそう呟いた。
カップを近くのゴミ箱に放り投げてから、南雲は立ち上がる。
「っと……じゃ、あたしは先に帰るから」
背を向けたまま、南雲はそう告げてきた。
……これは暗に、ついてくるなと言われているんだろう。
あまり他人とコミュニケーションを取ってこなかった俺でも、その程度は察しがつく。
とはいえ、こんな場違いな空間に置き去りにしないでほしいとは思いながらも。
「……そうか」
心の中だけに留めて、口には出さなかった。
そのまま、歩き去ろうとしたところで、南雲はふと足を止めた。
「あ、そうだ」
振り返って、また話しかけてくる。
「来週、社会科見学があるけどさ。桂木は誰かと一緒に周る予定あるの? やっぱ、魔法少女ちゃんと?」
……ああ、そういえば、そんなイベントもあったな。
「俺はぼっちだからな。学校行事に対する興味関心なんて、無いに等しい」
「つまり、誰と周る予定もないってこと?」
「ああ、そういうことだ」
「それは良かった。あたしとしては、桂木にはぼっちのままでいてくれると嬉しいかな、はは」
南雲は満足そうに笑うと、また背中を向けて去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます