第8話 ライラックの想い
現在、転校初日の帰り道。
頭痛が持病になりつつある俺は、その元凶であるライラックと一緒に下校している。
不本意だが、帰る家が同じである以上は逃れようがない。
「それにしても、学校のすぐ隣にこんな大きな墓地があるなんて……珍しいけど、なんだかわくわくするよね!」
ライラックが言うように、学校を出てすぐの道沿いには、小高い丘に沿って無数の墓標が整然と並んでいる。
東京ドーム何個分とかいう漠然とした単位が用いられるくらいには大規模な霊園だ。
主に十年前まで続いた戦乱で亡くなった人々の魂が眠っている場所なのだが、立地が絶妙だ。
学校の敷地と隣接しており、生徒たちの間では色々と噂が絶えないらしい……と俺に関係のないところでクラスメイトが話していたのを小耳に挟んだことがある。
いわゆる、学校の怪談的なやつだ。
「女子からは幽霊が出そうで不気味だとかで評判が悪いらしいが……ライラックはそういうの怖がらないタイプなのか?」
「うん。どっちかと言えば、学校の怪談とか七不思議とかには真っ先に食い付くタイプかな!」
振り返りながら、意気揚々と頷くライラック。
機嫌よく小さくスキップまでしているが……俺なんかと一緒にいて、どうしてそんな風に、楽しそうにしていられるのだろうか。
その、かわいらしくも悩ましい姿を前にして、俺は。
出会った当初から抱いていた違和感を、ぶつけてみることにした。
「なあライラック」
「んー、何かな
「お前って、どうしてよく知りもしない俺を相手にここまでするんだ?」
「ここまでって、朝のお世話をしたりご飯作ったり、手を握ろうとしたりひっついたり、お弁当を食べさせてあげようとしたり……とかの話?」
「一番最初のをあたかも未遂じゃなかったかのように語ってるのが気に食わないが……大体その辺の話だ。出会ったばかりなのに積極的過ぎるだろ、ぶっちゃけ不自然なレベルで」
「んー?」
立ち止まり、くるりと翻ってこちらを向くライラック。
宙を仰いでしばし考え込むような仕草を見せると。
夕日に煌めく銀髪をかき撫でながら、ゆっくりと口を開いた。
「月並みだけど……私にとって魔女になるのはそれだけ大事なことだから、かな?」
「なるほど、な……」
合わせて足を止め、俺は相槌を打つ。
人々にとって正義の味方である魔法少女が、魔女になる。
つまりはより強大な能力を獲得するということは、それだけで世の中に恩恵がもたらされる。多くの人々にとって利益に繋がるのだ。
魔女個人にとっても単純に魔法で出来ることが増えるだけでなく、その能力相応の地位や名誉、報酬を得ることに繋がるので何かと旨味が大きい。
もっとも、ライラックがそんな現金な動機で魔女を目指しているようには見えないが。
何にせよ彼女にとって、脇目も振らずに躍起になるだけの価値がそこにはあるのだろう。
「……まあ、そりゃそうか」
至極もっともな回答をするライラックに対し、俺は歯切れの悪い声を返す。
直後、それが落胆の表れであり。
落胆とは即ち期待の裏返しであると自覚出来てしまって、俺は自分に嫌気が差した。
では、どんな期待をしていたのか。決まっている。
もしかしたらライラックの俺に対する言動の数々は、何らかの特別な感情を抱いているからこそなのでは……なんて身の程を弁えない幻想を、無自覚の内に抱いていたのだ、俺は。
恋愛なんて凡人未満の俺には無縁だと宣い、実際にライラックからのアプローチを避け続けていたにもかかわらず。
……まったく、本当に。
自分の矮小っぷりが苛立たしい。
それでいてライラックの方は、あくまでも俺のことをたまたま花嫁修業のパートナーに選ばれただけの存在、悪く言えば魔女になるための踏み台程度にしか認識していないようで。
その理屈で言えば、ぶっちゃけ誰でも良かったわけで――
「……葉月くん、何か勘違いしてない?」
不意に、俺のネガティブな思考を見透かすような言葉が飛んできた。
「私だって、誰でもいいわけじゃないんだからね」
ライラックは真剣そのものと言うよりは、若干怒ってすらいるとも取れる表情でこちらを見据えている。
「それにね。私たちにとって大事なのは、どういう形で出会ったかよりも……これから先、どういう付き合い方をしていくかじゃないのかな?」
澄み渡るような声とともに、ライラックは慈愛に満ちた微笑を浮かべた。
その優しく語り掛けるような口調に対し、俺は返す言葉が見つからない。
「私は、葉月くんとちゃんと向き合いたいんだ。最初は他人から決められて、たまたま巡り合っただけのパートナーだったとしても……後から振り返った時に、私にとってたった一人の……掛け替えのない存在だったって思えるような関係を築けたらなって、思ってるの」
ライラックは俺の右目だけでなく、眼帯の奥にある左目すらも覗き込むかのような眼差しで真っすぐと見つめてくる。
俺はそんなライラックの瞳に圧倒されそうになりながらも、どうにか声を絞り出す。
「それは、つまり……」
「うん、つまりね。例え出会いが偶然だったとしても……自分たちでそれを、必然に変えちゃえばいいんだよ」
そう締めくくるライラックは気恥ずかしそうにしながらも、頬をほころばせた。
「……」
一方の俺はやはり、上手く言葉が頭に思い浮かばず。
ただ、その笑顔から、目を離せなくなっていた。
この、今目の前に立っている、ライラックという魔法少女は。
俺が想像していたよりも遥かに、器の大きな人物だったらしい。
そして、そんなライラックと俺とでは、人間としての出来に天と地程も開きがあるのだと理解できてしまって、より一層惨めな気持ちになると同時に。
俺相手にすらこんなことを言えてしまう人物ならやはり、パートナーに選ばれたのが他の誰かだったとしても同じ言葉を告げたのだろうと思うと、何故だか少しだけ悔しさにも似た感情が湧き上がってきた。
……しかし、まあ。
俺なんかに対しても真摯な態度で接しようとしてくれるライラックの笑顔。
それが他でもない俺自身に向けられているこの現状だけで、今は充分過ぎると納得しておこう。
「おーい、葉月くーん?」
物思いに耽っていた俺は、その声で意識を現実に引き戻す。
気づけばいつの間にか、ライラックが俺のすぐ目の前に立っていた。俺の鼻先で、手を振って呼びかけてくる。
「お、おう。どうした?」
「どうしたって、こっちの台詞なんだけど……まあいいや。それよりもー」
若干挙動不審になりながら俺が応じると、ライラックはにやり、と面白がるように口元を緩めて。
「……今の話を聞いて、葉月くんはどんな気持ちになったのかな? もしかしてー……惚れ直したとか!?」
さっきまでが嘘のように、一転してからかうような口調になるライラック。
惚れている前提なのは何故なのだ……とかはさておき。
その変わり身に、実は感銘を受けたりしていた俺の心境が何とも言い難い複雑なものへと移ろう中。
ライラックは、更に距離を詰めてきた。
それに合わせて後ずさると、すぐ後ろにあった電柱に背中がぶつかって逃げ場が無くなる。
「ほらほらー、白状しちゃいなよー?」
「お、お前なあ……」
動揺する俺が、視線を右往左往させていたその時。
突然、胸ポケットのスマホから呼び出し音がけたたましく響いた。
絶妙なタイミングで掛かってきた電話に、俺はワンコールもしない内に素早く応答する。
へそを曲げたライラックが軽く睨んでくるが、気にしない。
「ありがとうございます、桂木です」
『むむ、いきなりお礼? なるほど、葉月さんは久々に電話を貰ったら感謝しちゃうくらいボクが好きなんですねー。はいはい、愛しのお義姉ちゃ』
聞き覚えのある、あやすような調子の女性の声。
……よりにもよってこのタイミングとは、相変わらず厄介なヤツだ。
俺は無暗にありがとうと言わない人間になろうと誓いながら、相手の言葉が終わる前に電話を切った。
数秒後、再度電話が鳴る。
ライラックが「出なくていいの?」と尋ねてくる中、今度はたっぷり一分近く放置してから、俺は緩慢な手つきで通話ボタンをタッチした。
『ちょっと葉月さん! 挨拶も終わらない内に電話を切るってどういうことですか!? ボクはそんな子に育てた覚えはありませんよ!』
スピーカーから、小さい子供を叱り付けるような声が聞こえてくる。
対する俺は、努めてやる気のない声で応じた。
「安心しろ。俺もお前以外に対してそんな無礼を働くような人間に育った覚えはない」
『それはつまり、ボクは葉月さんにとって特別な存在ってことですかー?』
「アホか、お前は。物事を都合よく捉えすぎだろ」
『アホとかお前とか、それがお義姉ちゃんに対する口の利き方ですか! はっ、まさかこれが噂に聞く反抗期……!』
勝手に戦慄し始める、電話の相手。
早くも付き合うのが億劫になってきた俺は、手短に話を済ませることにした。
「それで……一年近く音沙汰のなかったお前が、今このタイミングで連絡を寄越した理由はなんだ。日本に所属する魔女や魔法少女の互助組織、魔女同盟のお偉い理事様?」
『うわー、嫌味ったらしい言い方ですねえ。小学生の頃みたいに、ボクのことをお義姉ちゃんと呼びながら素直な眼差しを向けてくれる日はまたやってくるんでしょうか』
「どうでもいいから、さっさと用件を話せ」
憂いを帯びた声で昔を懐かしむ電話の相手を、俺はばっさりと切り捨てる。
さて、その電話の相手だが。
本人も言っている通り、俺の唯一の家族にして保護者でもある、義姉だ。
変な一人称とか口調とか、ごく稀にしか家に帰って来ないこととかはさておくとして、かなり特殊な立場にある人物だったりする。
そんな我が義姉は、電話の向こうで一つ咳払いをしてから言った。
『大体察してるとは思いますけど……花嫁修業の件です』
「あまり考えないようにしてたが……今回の話はもしかして、お前の差し金なのか?」
『やだなあ。ボクはただ、形式上はリラちゃんの師匠だからってことでお目付け役を買って出たまでですよ。ちなみにそのリラちゃんは今一緒ですか?』
リラとは確かライラックの愛称だった筈だ。
二人が師弟だと聞いて妙に腑に落ちるものを感じつつ、俺はそのライラックをちらりと見る。
俺が電話している間も律儀に黙って待っていたライラックは、視線が合うと不思議そうに瞬きした。
「ああ、ちょうど二人で下校してるところだ」
『おお、さっそくいい感じみたいですねー! 葉月さんをせんの……じゃなくて真なる性癖に目覚めさせるために家中にえっちなゲームを仕込んだり、リラちゃんに葉月さんは魔法少女フェチだと吹き込んだ甲斐があったってものです』
義姉が感嘆の声を上げる中、悲嘆する俺。
……やはりこいつが一枚噛んでいたのか。
呆れて物も言えなくなっていると、義姉は改まった声で告げてきた。
『じゃあそのまま、寄り道せずに帰って来てください。花嫁修業について、色々と説明することとか、渡したいものがあるので』
「なんだお前、もしかして今家にいるのか?」
『はい。折角なので、お二人と面と向かって話したいと思いましたからねー。デートのお邪魔をしちゃうみたいでちょっぴり気が引けますけど、花嫁修業を盾に初っ端からでろでろの不純異性交遊されても困りますし……正しい認識を持ってもらうのは大事なので、溢れ出る性欲は我慢し』
肝心な部分は聞き出せたので、俺はさっさと通話を切った。
まだアホなことを抜かしていたが、付き合う筋合いはない。
スマホを胸ポケットに戻してから、大きくため息を吐く。
と、ライラックが気がかりそうに小首を傾げた。
「葉月くん、なんだかどっと疲れた感じの顔してるよ?」
「あー、まあ話してると疲れる相手と久々に話したからな」
「ふーん?」
首を傾げたまま、分かったような分かっていないような声を上げるライラック。
「……ほら、行くぞ」
俺はそんなライラックに力無く呼びかけながら、再び歩き出した。
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