Chapter1-2 カフェ小梅での求人

 街中を走る路面電車トラムは市内を流れる川に沿ってゆるやかに進む。

ミナは車両に取り付けられた窓から立川の雑踏やパッチワークのような街並みを見下ろした。


 立川という街は「再起動」以来水平方向への物理的発展が困難なことから、上へ上へと建築を重ねてきた歴史を持ち(また、それは当時の混乱の中ほとんど無計画無秩序に行われた)、街全体がさながら歪なミルフィーユのような構造となっている。


 郵便番号190-X001。

 ワカバ地区第16層中部8番、けやき通り2-165。

 上下の階層を往復する路面電車を降りて、いくつかの狭い路地を抜けた先にある広場の中央にトレイズギルド立川本部の建物はあった。


 もう少しアクセスしやすい場所に移転でもすればいいのに──ミナは石畳の上をガタガタと音を立ててカートを引きながら、久しぶりに目にしたギルドの建物にミナは思わずため息をつく。


 さて、と彼女は思案した。

 時刻は正午を僅かに過ぎたばかりで、約束の時間まではまだ余裕がある。

 となれば仕事に取り掛かる前に私用を果たしておきたいところだ。


 目当ての人物が任務を終えて立川の街に戻ってきているのは事前にリサーチ済み。

 本人とのアポイントメントはとっていないが、今の時間ならば、きっとどこかギルド近くの食堂やカフェで食事をしていることだろう。


 ──とりあえず、カフェの方へ行ってみましょうか。


 ミナはギルドの建物に寄り添うように建てられた一回り小さい煉瓦造りの建物へと足を向けた。





 トレイズギルドに併設されたカフェ小梅の窓際席に座り、ポスター・アクロイドは昼食を取っていた。

 プレートに乗った料理をひとしきり食べ終えた後で彼はグラスに注がれた飲み物を口にし、ほっと一息をつく。

 椅子に深く腰掛けてくつろいでいると、一人の女性がこちらへと近づき、そのままポスターに断りを入れるでもなく当然とばかりに同じ席に着いた。

 小さな丸テーブルを挟んで向かい合うようなかたちになる。

 不審に思ったポスターが顔を上げると、そこには見知った顔があった。


「ミナ?」

「やあ、久しぶり」


 ミナはそう言って、ポスターの驚いた顔を見ると満足そうに笑った。

 それから近くにいたウェイトレスにコーヒーを注文すると、彼女はテーブルの脇にカートを寄せて小さく息を吐いた。


 その様子を見ながら、ポスターが口を開く。


「いつからここへ?」


「ついさっき貨物列車で。

 積み荷は下水道の修繕に使うパイプと、大量のネジ、企業の諸々の輸入品と、あと私」


「注文した人間がいるのか?」


「発注はタチカワギルドよ。

 営業をかけたのはこっちだけどね」


「ふうん」


「……ねえポスター、あなた私がどうしてここへ来たのか知りたいでしょう?」


「いや、まったく」


「ちょっと、もうちょっと興味をもったらどうなのよ!

 せっかく時間を作って会いに来てあげたのに!」


 ミナは半ば身を乗り出すようにして抗議の声をあげた。

 それから彼女は呆れたように溜息をついてポスターから視線を外し、窓の外を眺めた。


「……私ね、リンクの長官になったのよ」


 静かにミナが言った。


「ついにか」


「ええ。もー…上を追い出すのに苦労したわ。

 いったいどれだけの根回しをしたことかしら!」


 ミナはひどく疲れたといった様子のジェスチャーを見せ、それから改めてポスターの方を向き直る。


「ポスター、わたしはやったわよ。

 もうあの頃のリンクじゃない。 だから、戻ってきなさいよ」


 じっと目を見て彼女はそう言った。



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