Chapter0-4 立ち上がり、止まらず走り続けろ
ポスターは自らの意識がだんだんと薄れていくのを感じた。
吹雪の中の巨影は、ただポスターを観察するように静かにゆらめいている。
倦怠感に耐え切れず、ポスターは雪の上に膝をつく。
上を見上げると、巨影の姿と、その上に吹き抜けた夜空が目に入る。
井戸の底に落ちたみたいだ。彼は朦朧とする頭で思った。
夜空よりもずっと高い、宇宙と呼ばれる場所には、「人工衛星」と呼ばれるものが漂っているのだと聞いたことがある。
いつか子供の頃に聞いた話をポスターはぼんやりと思い出していた。
かつて人間には、テクノロジーによって個の知恵を別の個と接続し、共有していた時代があった。
個の限界を破り、宇宙へと飛び出した知恵は、惑星を包み、さらなる繋がりを形成し、何もかもを支配していた。
それがある時、大地が隆起し、それまでの人類の発展をリセットするかのように惑星は姿を変えた。
海溝から火が噴き出し、プレートは変形し、島々を繋ぐ海底ケーブルは壊滅した。
地上文明の土台は一夜にして崩れさり、多くの命と知識が失われた。
当時の一連の災害は星の「再起動」と呼ばれ、地上にあった都市と都市の間は、地面の隆起によって形成された山脈に分断され、人々の繋がりも断たれてしまった。
辛うじて残ったインフラと人工衛星を使い、人々は生きるほかなかった。
それから長い時間が経ち、先人の技術も次第に壊れ、薄れ、人々の繋がりは完全に途絶えようとしている。
体の力が抜け、吹雪の中で意識が薄れていくなか、背負った荷物が体から離れそうになっていることに気づく。
これだけは失くしてはいけない!
ポスターは慌てて荷を掴み直し、かろうじては意識を取り戻すことができた。
ここで屈すれば、人々の繋がりは断たれてしまうのだ、ポスターは自分に言い聞かせた。
繋がりを失った人間は、とても脆い生き物だ。
孤立すれば、たちまちの内に理不尽な自然と跋扈するグールたちの餌食となる。
それはポスターの両親も、彼が親しくしていた友も変わらなかった。
彼は何もかもを不当に奪われてきた。
己を害する者に抗い、命をつなぐことは当然の権利である。
リンクに所属していた頃から今に至るまで、ポスターは一貫して輸送任務を請け負っている。
繋がりを断たれ、不当に命を奪われようとしている人間たちを、全て自分が繋いでいく。
そんな現実的ではない傲慢な考えが、これまで不当に害され続けてきたポスター・アクロイドが全身全霊をかけて世界に挑む闘争であった。
悠然と動かず、ただ吹雪の中からこちらを観測し続ける巨影を、もはやポスターは気にしていなかった。
たとえ吹雪だろうが、巨影があのグールと同じように自分を取り込もうとしようが、もはや彼の行動には何も関係はなかった。
奪えるものなら奪ってみろ、と言わんばかりに巨影を睨みつけ、それからただ目的地を目指すことだけを考えて彼は足を動かした。
結局、巨影はポスターを見送るように、ただ吹雪の壁の中に佇んでいた。
得体のしれない視線をどこかから感じながら、ポスターは駆けていった。
どこか後ろの方で咆哮がした。
大地は揺れ、轟音とともに山頂から雪崩が起きる。
巨影について判明している事実は少ない。
唯一わかっているのは、それが現れた場所では必ず大災害が起きるということであり、巨影の気まぐれで起こされる出来事に人間は何ら対抗することができないということだった。
幸いにも雪崩の音は遠かった。
足を緩めなければ逃げられるだろう。
ポスターは背後を振り返ることなく、ただ進む。
しばらく吹雪の中を進むと、地面に突き刺さる鉄の板が目に入った。
それは都市間を移動する者たちのために建てられた目印だった。
ポスターの目指す町、『新宿』までは、あと二キロメートルを切っていた。
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