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脳内企画
Chapter0 プロローグ
Chapter0-1 吹雪を越えて医療物資を輸送せよ
午前0時、真冬の荒涼とした岩山を雪混じりの突風が吹き抜ける。
見渡す限り続く真っ白な険しい傾斜の中を、休むことなく足を運び続けていた、分厚い防寒具に身を包んだ一団。
風の勢いが僅かに削がれた一瞬、一団の先頭が頭を上げて周囲を見渡した。
「どこを向いても白、白、白……。
まったくひどいもんだ、え?」
世界が悉く白く塗り潰されていくなか、隊列の先頭を進んでいた男、ポスター・アクロイドはゴーグルについた雪を乱暴に拭った。
「くそ、ここまで雪が強くなるなんて聞いてないぞ」恨めしそうに、苛立つように彼はそう呟く。
山に入ってからというもの風は強まる一方だった。
さらにギルドの予測よりも降雪の勢いは増しており、ごつごつとした硬い肌を隠すように辺りには雪が厚く積みあがっている。
おまけにこの天気では、一時間もしないうちに吹雪になるだろう。
そう判断したポスターは、風の音を聞きながら目的地までのルートと時間を再計算していた。
──アラハバキの爺さんは、この天気を予測していなかったってのか!?
雪を踏みしめながら、ポスターは馴染みのギルド長の顔を思い浮かべる。
深い皺を刻み白髭を蓄えた、歴戦の”冒険家”たるアラハバキ爺。
齢六十を超えようとも、彼が肝心な情報を任務へ向かう者に伝え忘れるとは思えず、ポスターはこれが突発的で局地的な天候悪化だろうとひとまず結論付けた。
次に彼は、自分に課せられた任務の内容とこの先の状況悪化を天秤にかけた。
今回の任務は僻地にある町への医療品の運搬──ギルドに届けられた救急無線報告を受けての出動だった。
引き返すわけにはいかず、町への到着が遅れればそれだけ向こうの状況は悪くなるが……。
「っ、はあっ、センパイ!」
ポスターの思考は、隊列の最後尾にいた女性イーヴァ・ウォルシュのよく通る声によって中断させられた。
「風、強くなってきましたね! ペース上げた方がいいですか!」
後方からイーヴァが声を張り上げて尋ねてきた。
ポスターは背後の二名の隊員とその後ろを歩く、最後尾のイーヴァをちらりと確認する。
今のところ彼女らは隊列を乱すこともなくついてきているようだった。
「たしかにギルドの予測よりもずっと風が強くなってる。
もう少し急ぎたいところだが、きみの隊はまだついてこれそうか?」
ポスターが尋ねると、イーヴァはぐっと親指を上げてアピールする。
「はい、これくらいの雪ならまだまだ大丈夫です!」
鍛えてますから、とイーヴァは言う。
どこか胸を張って言うようなその言葉に、他の隊員も同意するように声をあげる。
それを見たポスターは短く頷いた。
「わかった。
それなら、もう少し普段の僕のペースに近づけて進もう。
荷の入ったザックを落とさないようにしろ!」
「了解です!」
イーヴァはそう答えると他の仲間に檄を飛ばし始めた。
ポスターは一つ息を吐き、今までよりも早いペースで足を進めた。
凍った岩を踏み越え、ワイヤーを使って崖のような斜面を乗り越えていく。
一行は今までの倍近い速さで雪山を進んでいった。
イーヴァ・ウォルシュは、都市間の輸送任務を担う公機関「リンク」に所属する二十一歳になったばかりの小柄な若い女性だった。
この職に就いて三年が経つ彼女は、半年ほど前から自らを隊長とする若手で構成された輸送隊を任されるようになり、同世代の仲間たちよりも多くの任務をこなす若手有望株の筆頭である。
非常時の備えとして待機中だったイーヴァ隊に、赴任先の街のギルド長であるアラハバキ爺から中継された情報が入ったのは日付が変わるしばらく前。
医療品を届けるという依頼はその場で受理されたものの、深夜の雪山を踏破する必要があるルートは若手ばかりの輸送隊にはいささか難度の高い内容だった。
日々の訓練を欠かさない正規の輸送隊とはいえ、貴重な物資を極力急いで、かつ無事に届けなければならないとなると、彼女らとしても万全をもって引き受けるには踏破ルートの設計など多少の準備時間が欲しいのが本音であった。
とはいえ準備に手間をかける余裕はない。
多少の準備不足でも強行するという選択肢もあったが、それで失敗した場合のことを考えると、イーヴァはこのまま任務を強行することもできなかった。
その旨をアラハバキ爺に折り返し、ギルドにいる民間協力者トレイズの中に目的地までのルートに明るい者がいたら手を貸してくれるよう頼みたいと相談したところ、アラハバキ爺がよこしてくれたのが、元リンク所属の経験を持つポスター・アクロイドという男だった。
イーヴァは彼のことをよく知っていた。
彼はイーヴァがリンクとして最初に配属された隊の隊長であり、よく面倒を見てくれた先輩だったのだ。
風は徐々に強さを増し、先へ進むほど雪は深くなっていく。
最前を進むポスターは、足下の地形をすべて把握しているかのように、雪で隠れた穴や岩の間を縫って足跡を敷いていた。
後ろに続くイーヴァ隊の面々は、彼が残した足跡を踏むように辿っていく。
「ねえ隊長、あの人は何者なんです?
山岳踏破やまあるきがここまで上手な人、リンクでも見たことないですよ」
ポスターの足跡を辿りながら、イーヴァのひとつ前を歩いていた年若い隊員が感心するように唸った。
「あのトレイズの方は知り合いなんでしょう。
いったいどういったご関係で?」
隊員が振り返って尋ねる。
その気の抜けた声に、イーヴァは思わず苦笑いをする。
この吹雪の中、余裕があるのは良いことかもしれないけれど、緊張感が無さ過ぎるのも問題ではないだろうか。
そんなことを思いつつ、イーヴァは何か答えるまで納得しなさそうな後輩隊員に対し何と答えるべきか思案した。
「町を出る前に言わなかった?
あの人は、私がリンクに入隊したばかりのころ、一番最初に面倒を見てくれた人だって」
「ええ、ええ、聞きましたとも。
つまりそれって“最強”の育て親ってことですよね?」
「? なによ、それ」
聞きなれない言葉にイーヴァは顔をしかめる。
「あら、ご自分の二つ名をご存じない?
──”最強”、”鬼姫”、”剛拳ストレングス”……」
「聞き捨てならないわね、その単語!?」
「え!? あ、いやいや、俺がつけたんじゃありませんって!
あー、へへ、こういうのはいつの間にか周りが勝手につけて定着してるものなんで、てっきり俺は隊長も知ってるものかと……」
気分を損ねたようなイーヴァの声音に、隊員はうろたえたように笑う。
「でも、ほら! 隊長以外にも、目立つ人間はだいたいついてるでしょう?
隊長だってこういう二つ名の存在を聞いたことくらいあるはずですよ!」
「なに急に開き直って……。
まあ確かに聞いたことくらいは、ある、かも」
イーヴァがそう言うと、隊員はそれに便乗するかのように何度も頷く。
つまり自分は公然性のある文化に則って発言をしただけでありそこに悪意などなんら含むものではないのだと、彼はそうアピールしたいようだった。
「いやね、俺はただ、ポスターさんがどんな隊員だったのか気になったんですよ。
隊長の先輩ってことは、俺の大先輩ってわけじゃないですか。
で、実際に雪山をすいすい歩く様子を見て、これはマジにすごい人だなと」
場が落ち着いた頃を見計らって、若い隊員は言った。
「俺も一応リンクの人間なんで、山岳踏破は本職じゃないですか?
ただこう綺麗に歩かれると、つい自分が歩いた場合と比較しちゃいまして。
……うう、なーんか俺のルート設計なんて目隠しされた酔っ払いが歩いているようなもんだったなあ、と」
「あんたって、急に冷静に卑屈になるわよね…」
「あはははー……、何かコツでもあるんですかねー? 隊長……」
彼がそう言うとイーヴァは残念そうに首を横に振った。
「センパイは目標にしても不足のない人物だけど、そう簡単には真似できないと思うな」
「はあ、やっぱり特別な訓練かなんかが必要なんで?」
「一緒の隊にいたころ、どうやって外地を歩いてるのか気になって聞いたの。
そうしたら、自分が歩いた地形の感覚を足裏で全部覚えておけば迷う必要がない、って答えが返ってきたわ」
「……はい?」
「ひとつでも多くの任務をこなすためには一度の任務にかける時間を短くしていくことになるでしょ?
センパイは、リンクとして大勢の人を助けるためには、目的地まで決して迷わず、足を止めずにたどり着くかを極める必要があるって考えたわけ」
「あー、なるほど…ってそんなことできるわけないでしょ!?
いや、そりゃあ概念としてはそうかもしれないですけどね?」
「だから、それをできたのがあの人」
「……ちょーっと意味が分かりませんねえ」
「効率化と練習を突き詰めていった結果、概念や心得を実現してしまった結果、全ての指導書を置き去りにしてしまった人間を理解しようとするのは不毛だと思わない?」
「アッ、ハイ」
隊員は観念したように答えた。
そんな二人のやり取りは隊列の前方に届く前に風の音にかき消されてしまっていた。
先頭を歩くポスターは全く疲れた素振りも見せず、ただただ前へと歩を進め続けている。
そこに迷いなど微塵も感じられず、まるで舗装された道路の上を進んでいるかのようだ。
イーヴァは視線の先にあるポスターの背中をじっと見つめ、自らと比較する。
同じ隊でポスターの傍らで過ごした時間の内、早くから彼女はその背中を追うことを諦めた。
代わりにその一挙手一投足を観察し、自らに必要な技能を選んで取り入れ、別の道を歩むことで彼女は成果を出した。
だからこそ思ってしまう。
自分より優れた能力を持つこの人が、何故リンクから去ってしまったのかと。
いったい彼に何があったのだろうか?
ずっと昔から気になっていたことだが、ついぞ尋ねる機会には恵まれなかった。
それが今こうして目の前に本人がいるとは、なんという偶然だろう。
──街に着いたら、リンクに戻ってきてくれないか聞いてみようか。
頭の片隅で、そんなことを彼女は考えていた。
降雪の度合いはもはや吹雪と呼んで差し支えない勢いとなっているなか、一行は雪に埋まった山道をひたすらに進んでいく。
その時、どこか離れた場所で何かが軋むような音がした。
しかしそれは風の音にかき消され、誰の耳に届くことも無かった。
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