天才魔草薬師を名乗る少女と、下僕になった四天王最弱の魔王

天ヶ瀬翠

幼き少女に囚われた元魔王様

第1話 囚われの四天魔王

 魔術を根底とした文明が築かれた世界〝エルピス〟。


 人間を初めとする生物は体内に魔力を宿し、自然に干渉しながら繁栄してきた。時には魔力によって齎される現象……〝魔術〟を用いて争い合うこともあった。


 五十年前、世界を一変させる争いが起きた。エルピスとは別の時空に存在する世界からの侵略……通称〝魔族襲来〟と呼ばれる事件が起きた。


 襲来者である魔族は、体の九割が魔力で出来ており、エルピスの生物からすれば無尽蔵に等しい魔力を有していた。加えて、強力な魔術を少量の魔力で発動できる〝濃度が高い魔力〟を体内に宿していた。


 魔術において、魔族に勝てる生物はエルピスに存在しなかった。とりわけ魔術に長けた人間が知恵や道具を駆使して抗ったが、絶え間なく放たれる魔術と無慈悲な侵略を止めることができなかった。


 結果として〝四天魔王〟と呼ばれる四体の魔族を中心に、エルピスの三割が一月も経たずに魔族によって支配された。


 人間は力を合わせ、対魔族組織〝ギルド〟を結成した。各地で魔族に対抗するための情報と戦力を集結させ、戦略によって抗した。しかし、侵略を食い止めるのがやっとであり、奪還に至るまでの道は遠かった。





 魔族支配から五十年と数カ月経ったある日、歴史が変わりかねない事件が起きていた。


 エルピスを恐怖に陥れた四天魔王の一人――イグナーツ=エフェンベルクが人間に捕らえられたのである。


 イグナーツは森林の中に難攻不落の城を構え、攻めてきた人間をことごとく返り討ちにした。侵略した土地や殺した人間の人数は、他の四天魔王に比べて極端に少ない。だが、彼に傷を付けた者はまだ誰もいないと言われているほどの堅牢さがあった。


 そんな彼を捉えたのは、十代半ばの少女であった。




 少女はイグナーツを見下ろして、仁王立ちで立つ。

 頭の右側で結いだ金色の髪を手で払い、白衣に両手を入れ、彼女は威張るような顔をして言い放った。


「私の下僕にならない?」


 あまりにも傲岸不遜な態度と言葉に、イグナーツの青い瞳が点になった。殺すでもなく、仲間の情報を差し出せでもない。その少女は下僕になれと言った。


「俺が……お前の……下僕?」

「そう。あなたは、私の、下僕。手下でもいいよ」

「いや、そういう問題じゃないんだが」


 怯えることなく、恐れることなく、かといって怒りや憎悪に染まっている訳でもない。少女のエメラルドグリーンの瞳は、まっすぐイグナーツを見つめている。


 魔族に取り入ろうとした人間がいないわけではない。魔族の強大な力に魅了され、人間が同族を裏切る例は少なくない。だが、この少女のように手下にしようとした人間は出会ったことがなかった。


 単なる馬鹿か、あるいは、狂ってしまっているのか。


 ――なんなんだ、こいつは……。


 この少女は誰を相手にしているのか分かっているのだろうか。人間が半世紀の間、一度たりとも対等に戦えなかった魔族の王である。それを軍門に下すとはどういう神経をしていれば出る言葉なのだろう。


 確かに今の状況――鎖に手足を縛られ、魔術を禁じるための札を体中に貼られている今、イグナーツが少女に歯向かう術はない。


 しかし、だからといってイグナーツが全大陸を震撼させた四天魔王の一人であることには変わりがない。もし今の束縛に一瞬でも隙が出来ようものなら、たとえ魔術が封じられていても容易く少女の命を狩るだろう。


 たとえ相手が幼い少女だったとしても、だ。


「あ、自己紹介がまだだったね。私はティネ。魔草薬師だよ」

「魔草薬師……だと? そんな馬鹿な」


 魔草薬師とは、主に魔力を蓄えた植物……魔草を利用して薬を生み出す専門職を指す。魔草に流れる魔力は、魔力そのものに特殊な性質を持っていることが多い。そのため、普通の薬草では作れない薬を生み出すだけでなく、特異な魔術の使用にも役立つとされている。


 魔草薬師は魔草だけでなく、普通の薬草にも詳しくなければならず、道は極めて困難だとされている。魔族にもある役職だが、手で数えられるくらいの人数しかいないと聞く。


 十代半ばの年齢であろう少女が、その域に達しているとイグナーツは思えなかった。

 イグナーツが唖然としていると、少女は胸を反って鼻を鳴らす。


「普通びっくりするよね。この歳で魔草薬師になる人なんかいないもんね」

「そうだな。俺も今の状態にされていなければ、気が付かなかったろう」


 イグナーツの四肢は鉛のように重く、頭の中に靄がかかっているかのように意識がはっきりとしない。札に染み付いた薬が、筋力や魔術の機能を阻害しているのだろう。


 魔族に普通の毒は効かない。体の大半が魔力で出来ているためである。イグナーツほどであれば例え致死の毒を投与されたとしても、魔力によってすぐさま浄化することができる。


 しかし、魔力に直接作用する魔草薬を使えば、話が違う。魔族にとって魔力は血液であり、筋力でもある。魔力の流れが止まれば体は動かなくなり、長時間続けば死に至るだろう。


「でも、ちゃんと効いてるようで何よりだよ。四天魔王サマに使うのは初めてだったからね」

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