5.魔境に飛ばされた部隊

 一方、此方では、サイファール殿下の連れた第四部隊20名と、サバラント殿下の寄越した第一部隊20名、そしてシャナーンの部隊30名が魔の密林に入り、まず魔境の側(そば)まで移動した所だった。


 シャナーンの部隊で指揮をとっていた部隊長の私は周りを見回した。


 ゼルドラの者達は獣人化していた。サイファール殿下は、人の姿から、瞳の瞳孔が縦に割れ、白い虎耳と尻尾が生え、指の爪が鋭く硬く硬質化して伸びていた。他には、頭が獣になった者、身体のサイズが巨大になり2メートル級の者等、個体によって様々な状態になっている。


 移動する間に出てきた魔物を倒した。最初の打ち合わせに添って、ゼルドラの熊獣人化した戦士や、すでに獣化し象になった戦士が次々に樹々をなぎ倒した後を、シャナーンの魔術師が土の魔術を施し道を形成してなだらかな人の通れる道を造って行く。


 この様にしても、一年経てば、また元の密林に戻るのだがそれは仕方のない事だ。約一時間程でその作業を魔境近くまで終えた。魔境には人が誤って入らないように、結界が張ってあるが、魔境の浸食とでも言うのか、だんだんにその力は薄れ、定期的に施しに来なくてはならないような有様だった。



 確かに魔境近くに来ると高い樹々のテッペンに小枝を集めたビング・ケトルの巣が目立ちはじめた。そして威嚇し爪で攻撃しようと飛来してくる。それをゼルドラの戦士は自らの持つ身体能力に魔力を乗せて戦う。


 一方シャナーンの魔術師はあらかじめ構築した魔術を3部隊に分かれて放つ事が出来るが、ビング・ケトルの様な小者(こもの)に、わざわざ魔術構築して術を放たなくても、それぞれの持つ属性の魔力で軽く頭を狙い放つだけで倒せるので、何の問題もない。


 訓練として考えれば、それ程大変な事でも無かった。


 もともと、ゼルドラに要請されて毎年演習に来てはいるが、シャナーン側では『全力の実力を見せる必要はなく、ちょっとした年明けの腕慣らし、国同士の付き合いの余興』のノリなので、その魔力や魔術力の雲泥の差というものにゼルドラは全く気付いていない。


 シャナーンのこういう質(たち)が、脳まで筋肉と言われるゼルドラに腹黒だと言われるゆえんかもしれない。




 だが、しばらくして、突然、サバラント殿下の部隊がサイファール殿下の部隊いを攻撃しはじめたのだ。 


 突然の味方からの攻撃でサイファール殿下の部隊がやられはじめた。


 サバラント殿下側は用意周到に罠を準備していた様だ。


 シャナーン側は、敢えていうなら、そう言う事が起る可能性については出発前の国内で、魔術師団員に対処の手段や行動は指導されていた。


 ゼルドラのお家騒動は起るべくしておこる時期を迎えつつあったのだ。


 まず、シャナーンの部隊長である私のした事は、副部隊長に光の矢を打たせる指示だった。


「光の矢を打ち上げろ。サイファール第三王子の援護に周る」


「はっ」


 襲われた側を援護する事は指示されている。


 だが、ここで、サバラント第一王子側に仕掛けられていた術が発動したのだ。


 上手く誘導されたようで、相手が狙っていた仕掛けの位置にシャナーン部隊、サイファール第三王子の部隊が納まった瞬間、向こう側へと飛ばされてしまった。


 用意周到に仕組まれた魔術陣に飲み込まれ、魔境の奥に飛ばされた合計50名だった。


 まずは、怪我人の手当だが、樹木の生い茂る密林の中、拓けた場所を作る事が先決だ。


 樹木の刈り取り、土慣らし、水路作成、それぞれを物の5分で済ましたシャナーンの魔術師達を化け物でも見るような目で見ていた獣人達は、手当をされ始めて我に返った。


 一枚で大きな人程もある南国の樹木の葉を風魔法で幾つも落とし、浄化をかけてから、土魔法で彼方此方に造ったイス兼ベッドの上に複数枚乗せ、怪我人を休ませる。


 

 そこは、ちょっとしたキャンプ地のような場所になった。


 水は地下水を喚び、流れる水路から汲み取った水に、念のため浄化をかけてから飲み水にする。


 そう言った一連の流れは、シャナーン部隊では遠征での手引書に、まず基本的な動きとして載っている出来上がった物なので、まさに今ここで役に立っている。良い演習になる。


 持っているポーションをゼルドラの怪我人に分けて与える。


 この世界のポーションは飲んだからと言って、突然傷が一気に治ると言うモノではない。

 

 けれども確実に傷を治癒する力を高め、痛みを和らげるのだ。


 治癒魔法は使える者がいたとしても使うと魔力を大量に消耗するので、この様な、いつ何が起こるかわからない場所では使いたくとも使えないと言った状況だ。


 幸い命に係わるような怪我の者は居なかった。


 向こうも、被害を最小限に抑え、魔境側に飛ばす事が目的だったようだ。



 サイファール第三王子の部隊は攻撃されて、すぐにサイファール王子を護る事に徹した。

 

 自分達の守っている王子だ、何があっても無事に帰さなければならない。


 状況は、突然の攻撃がサバラント王子側の部隊の者からだったので理解出来た様だ。


 サイファール王子側の副部隊長を務めるジュガルの「殿下を護れ!」の声に皆すぐに反応した。


 サバラント王子の母親のエリシニア王妃は、獅子3家の分家の出で。


 自分が常に前に出る性格だと聞いている。


 表面的には取り繕っているが、側妃二人の息子は邪魔なはずだ。


 特に第三王子は、白虎とあり、貴族、国民の支持が高い。


 次男は文官肌で、獣人に好まれる武門は好まない。だがサイファール殿下の母親ファルカナ妃は、側妃とは言え、獅子3家の本家の出だ。エリシニア妃の家より勢力を持つ家だった。


 ファルカナ妃はエリシニアより若く、穏やかな性格と言う情報だった。獅子一門はファルカナ妃推しで、情勢が悪かったのだ。


 エリシニア妃の父親はやはり、権力を好む男だと聞いている。


 例えファルカナ妃やサイファール殿下が、王位を継承する気がないと言ったとしても、エリシニア妃には信用できなかったのだろう。


 今回、大魔術師の令嬢がゼルドラ入りをした事で第三王子との関係を邪推したのかも知れない。


 狂竜絡みの魔境近くの遠征になる事で、この計画を思いついたと思える。


 怪我人の手当がすみ状況確認を始める。


 まず魔術の拡散だが、この一部キャンプ地として作った場所には狭い結界を張った。


 その中での作業性は少し落ちる程度でさほど気にはならなかったが、成る程と思わざるを得なかったのが、方位が全く分からない事だ。



 試しに猛禽類の獣人に上に飛んでみて貰ったが、樹々よりも上に上昇すると、魔力が拡散されて突然失速し落ちて来た。


 風魔法で巻き上げ、力のある獣人に受け取ってもらった。あとは、魔術師を待っていた。


 


 密林の残党を処理して応援に来られるだろうと思われる。


 かの方があのようなヘボ獣人に遅れを取るとも思えない。


 遅れをとってしまった自分達は申し訳ないが、バカのする事を予見するのは難しい。


 よけいな仕事を無駄に増やさないようにしなければならない。


 「「サイファール殿下、どちらに?」」


 おもわずハモってしまったのは、獣人部隊のジュガルと呼ばれる副官だった。

 

 ジュガルは耳と尾を出しているが他は人と変わらない。


 獣人の服と言うのは、尾を出す仕様になっているのだなと、つまらない事に感心した。


 「ちょっと、周りを見て来たいんだけど…」


 「ダメに決まってんでしょアンタ、ただでさえ方向音痴なのに、この状況を悪くするような事しないで下さいよ!」


 「えっ、ああ、…わかった」


 素直にサイファール殿下は返事をして、浮かせていた腰を落とした。


 多分、この天真爛漫そうな白虎殿下は、兄に裏切られて放心状態一歩手前なのだろう。


 どんなに表面上は上手く行っている様に見えても、兄弟で政権を争うなどよくある事だ。


 こういう事は、多くの子が出来る獣人や人ならでは起きるお家騒動と言う奴だろう。


 エルフや竜族にはまずあまり起きえない事だ。


 王族、貴族はもとより、まず子が少ないので、生まれた子は皆が大切にする。


 殺そうなどとは思いもしない。


 

 『だから獣は』と蔑まれるゆえんはここにあるのだが、お互い様だろうか。


 そして、私の首から下げられた衣服の下にある連絡用のレアメタルのプレートに熱を感じ、位置を確認されたのだと思った時には、まるでガラスが割れるようパリーンと言う音が響き、大魔術師の姿が目前にあった。


 そこに漆黒のグリフォンが居る事に驚きを隠せなかった。何と黒いグリフォンだ。


「待たせた。皆、怪我はないか?」


 凛とした声で問われ、私はすぐさま片膝を折り叩頭し答えた。


「はっ、手間を取らせ申し訳ございません」


「よい、この様な事もある。皆怪我はないか?」


「我々は大丈夫ですが、サイファール殿下の部隊には怪我人がいます」


 魔術師一同、ファラドスに倣い右拳を左肩に付け拝礼した。


 それを見た、獣人達も横になったり、怪我で動けない者以外は同じように拝礼した。


「サイファール殿下、お止め下さい」


 大魔術師に言われて、サイファール殿下は顔を上げたが、詫びの言葉を口にした。


「ゼルドラの揉め事に巻き込んでしまい、申し訳ない、ここから出で対処したいが、私達を此方に飛ばした残党が気遣われる、魔術師殿には怪我などはありませんか?」


「見ての通り、大事無い、現地の残党は全てこちらの魔境の奥に跳ばした。殿下を襲った者達も貴方の兄上も一緒だ。運が良ければ這い出てくるだろう。その後の対処はそちらにお任せする。もう一つ、ゼルドラ国王陛下には報告を済ませているので、お伝えしておく」


「ありがとうございました。ご配慮、感謝いたします」


「では、村まで戻ります」


 サイファール王子と部隊を連れて、大魔術師と共に元の場所へと帰還した。




 


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