9.魔法のしかけ絵本
おじいさまと、おばあさまに連れられて、お屋敷の中の階段をぐるぐる上がり、迷路のように見える同じ造りの扉がずらりと並ぶ主館の上階に連れて行かれた。
冗談でなく迷いそうだ。
まずは、ニコリアナの為に用意された部屋に行き、洋服を別の物に着替えましょうと言われた。
リボンやレースがたくさん使われたアンティークなデザインのワンピースだ。
侍女に手伝わせて、ニコリアナのドレスを着替えさせる。
おばあさまが、大喜びで、「やっぱり可愛いわ、女の子は楽しみがあって良いわ、沢山用意したのよ、毎日何を着せるか楽しみだわ」と大喜びだった。
その後、今度はおじいさまに手を引かれて連れて別の部屋に連れて行かれた。ニコリアナの為に用意された遊戯室だった。
「ほらみてごらん、これがニコリアナの遊戯室だ。女の子が生まれたと聞いてすぐに用意させたのに、ジェイフォリアがお前を連れて雲隠れしてしまって、見せてあげる事が出来なかったからね」
扉の向こうには、様々な女の子の子供向けの人形やヌイグルミ、おままごと遊び用の小さなお家や木馬の様な乗り物、ありとあらゆる子供の喜びそうな物が溢れていた。
「おじいさま、おばあさまありがとう」
ニコリアナは遊戯室に入り、大きなヌイグルミを抱きしめてみたり、木馬に乗ってみたりした。
その部屋には、絵本も様々用意され、書棚と子供用のソファーが置かれていて、そこで絵本を楽しむ事が出来るようになっていた。
「ほうら、様々な国の絵本も取り寄せてあるのだよ、他国の絵本もあるので、絵を見るだけでも楽しいはずだ」
絵本は飛び出す絵本もあり、ドワーフの国の細工を凝らした魔法絵本等は、開くとミニチュアの家や、一つ一つの部屋が見る事が出来、中で湯気の出る料理が作られていたり、小さな机の引き出しを開けると、本物がそのまま小さくなっただけのような、文具等が入っていたりと、見ていて飽きることのない素晴らしい魔法絵本等がたくさんあった。
「おじいさま、おばあさま、しばらくこのお部屋に居てもいい?」
夢中になって本をめくっていたニコは、自分に付き合ってくれている祖父母に気づき、声をかけた。
「ああ、お茶の用意が出来たら、人を迎えに寄越すので、しばらく遊んでおいで。お前の父さまとも少し話もしたいしな、ゆっくりしていて大丈夫だ」
「はい、おじいさま」
ニコは、魔法絵本がたくさん入っている書棚の適当な棚の段から色々な絵本を引き出し、ソファーの前にある小テーブルの上に積んだ。そしてソファーに座って絵本を眺めはじめた。
上から本を一冊ずつ見て行く。
人族の国の魔法絵本は、貴族の女の子の衣裳部屋の着せ替え絵本があり、着せたい服や、履かせたい靴、髪留めや、宝飾品、帽子にバッグにリボンなど、絵本の衣裳部屋の絵にのっている物を指で触ると本の中の女の子に着せる事が出来る仕様になっている。
髪の色や、目の色、髪型も様々選べて大変に楽しい。
これは、楽しくてたまらない。
父さまの屋敷のメイドや、おばあさまの気持ちがなんだか分かったような気がする。
そのうち、本の重ね方が悪かったのか、何故か本が崩れて下に落ちた。
「あ、いけない、本が傷んでしまう」
すぐに、拾おうと、ソファーから立ち上がり、落ちた本に手を伸ばす。
落ちている本を掴みそのページを見て、身体が動かなくなる。
私はその開いたページに目が釘付けになっていた。
だって、そこには…
暗い岩牢の中で鎖で拘束され囚われた竜の絵があった。
絵本に触れている部分から、手を離さなければいけないと、思った時にはすでに遅く、暗い地下に落ちて行く感覚がした。
上下左右も分からない空間を、でも、落ちていると感じ、ハッと気づいた時には、またあそこにいた。
ピチョン、と水の雫の落ちる音が響いた。
あの時の暗い、岩の地下室だ。
視線を回せば、ほの青く、強弱をつけながらも、ぼんやりと輝く六芒星の中に散った金髪があり、あの人が封印の鎖に縛られたまま、眠っていた。
眠っているのだろうか?
死んではいないようだ。
胸がかすかに上下に動いている。
目を覚ますと恐ろしいので、できるだけそっと、そーっと壁づたいに、遠回りに何処かに出口はないかと回って見る。
その広い地下室には、不思議な事に出入り口と言うものが無いようだった。
だが、そうして動いているつもりの自分さえ、実態なのかはわからない。
たぶん違うのだろう。
「…番の姫よ、そなたは、やはりこやつを許せぬか?」
ニコリアナの頭の中に、聞いたことのある声が響いた。
「おばば…さま?」
きょろきょろと、あちこち見回すが、おばば様の姿はどこにも見えなかった。
「‥久しいの、なんと幼い姿が愛らしいものよ、以前のそなたも小さくかわいい娘だった。そう、まずは、謝らねばならぬ。そなたをみすみす殺させてしまい、本当に申し訳なく思う」
「‥それ、は‥」
なんと言ったら良いのか、ニコリアナには言葉がなかった。
色々な思いが一度に胸の中を通り過ぎて行ったと言えばいいのかもしれない。
あの、怖い出来事が無ければ、今の父さまに出会うことは無かった。
でもだからと言って、殺されて良かったとは思えないけど。
生まれ変わってからの、いろいろな愛しくて楽しい出来事が去来して、そっと胸をおさえた。
「あの事態は、全て私の責任だと思っている。考えなしの私の招いた事だ。どんなに年を重ねてもなかなか自分の愚かさに気付けないモノでな、いつも反省ばかりしておる」
でもそれは、起こるべくして起こった事なのかもしれない。
おばば様が私を見つけ、竜王城に早めに連れて行くようにしてもしなくても起こった事なのかもしれない。
それに、私が成人まであの人が私を殺さず、突如として掌返しで、私に優しくし始めたら、私はどうしただろうか?
嬉しいと思っただろうか?
ぜったいに思わなかった。
私は拒絶して、逃げただろう。
そうなったら、やはり同じような悲劇になったのではないのだろうか。
「おばばさま、あの、その人は、狂竜から元に戻す事は出来ないのですか?私が成人してしまうと、その人が呪縛を破って外に出て、狂ったまま世界を亡ぼすと聞きました」
「そうじゃの、あるかもしれぬ、ないかもしれぬのよ‥」
「それでは、わからないんです、どうしたらいいのかしりたい」
ニコリアナは一生けん命考えながら言った。
「それでは、もしも、こやつが狂っていない時に、そなたに何かまともな事を言う事があれば、聞いてやって欲しいのだ」
「話を?」
「そうじゃ、話を聞くだけで良い。そのような事があればだ、たのむ・・ああ、もう時間切れじゃ、それでは…」
それは、ニコが瞬(まばた)きをする一瞬の事だったのかしれない。
ドアが父親に乱暴に開けられた音に振り向いた。
自分は跪いて、本を手に持っているあのままの状態だったのだ。
部屋に入って来た父親はニコが手にしていた本を拾い上げた。
そのまま空中でその本を燃やしてしまった。
蒼い炎が本の端に灯り、アッと言う間に蒼い炎は本を舐めつくし、灰さえ残さず燃やしてしまった。
「こんな物を媒体に、ニコに接触を図るとは…やはり、あの、預言者は侮れない相手だ…。ニコ大丈夫か、どこも怪我はないか?」
「父さま、父さま…ないよ怪我してない」
私は父さまに駆け寄って抱きついた。
私は、このひとつの事実の、この一点にだけは間違いなくあの恐ろしい人に感謝をしている。
父さまに会えた事、それだけは。
「さあ、下に降りてお茶にしよう」
父さまと手を繋いで、部屋を後にした。
こうしているのが幸せだ。このままずっと、こうしていたいとも思う。
でも、それはとても難しい事だ、だから、そのためにいろんな事をまず知ろう。
まだ時間はある。
獣人の国や、ドワーフの国だって、たくさん知らない事があるにちがいないのだ。
私は一人で頷いた。
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