7.ゼルドラの狂竜

 その日、お城から帰って、一つ父さまに聞きたいことがあったので、夜寝る時に聞こうと思った。


 それは、『竜の大罪』が過去に起こった時の話だ。

 

 お城で父さま達が話しているのは、隣の部屋だったけど、続き間で大きな扉は開け放たれていたので、姿も見えるし話の内容も漏れ聞こえていた。


 過去のお話でも、どんな事が起ってどうなったのか知りたい。凄く知りたい。


 

 

 その日も湯あみを済ませて父さまの部屋に行った。サンディは小さな子供用のベッドを父さまの寝室に入れて貰い、三人で一緒の寝室で休んでいる。


 私が1人で眠る様になれば、私の部屋でサンディと一緒に眠るようになるだろう。


 いつになるか分からないけど・・・。


 二人で一緒に父さまの部屋に行き、サンディは自分のベッドに入り幸せそうに布団を被り、モフモフしていた。


 私は父さまと一緒にベッドに入る。父さまにくっついてモフモフする。


 「今日は疲れただろう」


 そう言いながら、ベッドの中で父さまは私の髪を手で梳いた。


 父さまの手は気持ちいい、直ぐに目を閉じてしまいそうだ。


 いや、だめだめ、ちゃんと聞かなきゃ。


「父さま…あのね、竜の大罪が、昔起きた時のお話ってどんなお話?」


「…そうだな、昔話だ、どこまでが真実なのかは分からない…だが、そのような話を聞いてしまうと眠れなくなるのではないか?」


「父さまが一緒にいる時の方がいいの。こうしている時に聞きたい」


「そうか、では話そうか・・・」





 父さまが話してくれた昔のお話は、獣人国(ゼルドラ)の悲劇と呼ばれる話だそうだ。


 獣人には竜人と同じように、番が存在する。


 その番に一生のうちにもし会うことが出来れば、幸運と言われるような、番に出会えるのは少ない確率だ。


 獣人の大半は皆、出会う事が出来ずに一生を終える。


 だから普通、番でなくとも、お互いが気に入った者同士が夫婦になるのだという。


 だが、そのように結婚して子を成していたとしても、もし万一、どちらかが番に会えば、番しか目に入らなくなり、本来の番でない方が身を引く事になる。そして残された側には、お金や財産を分与すると言う決まり事があるそうだ。


 獣人は人間に比べ、個々の特性はあるものの、身体能力が高く、頑丈である。


 寿命は100年~200年、人族よりは長い。


 そして、これは他の種族も同じだが、魔力を持つ者がいて、大抵は、王族か貴族である。


 その、獣人族で番のいる女性が、竜人族により、番だと言われ連れ去られそうになった。


 とても稀な出来事である事は間違いない。今までそのような出来事は話なかった。


 獣人族の女性の夫はゼルドラの伯爵家の嫡男で、強い魔力の使える獣人だったが、竜化した竜人によって番の女性の目の前で殺されてしまった。


 但し、その時、夫を庇ってその女性も深い傷を受け、その場で亡くなったそうだ。


 すると、その場で竜人は狂竜と化し、獣人の国で暴れ狂い大勢の死者を出した。


 獣人国の魔術師達は力を合わせ狂竜を一時(数百年)封印する事が出来たそうだ。


 ところが、亡くなってしまった番の魂がまた長い年月の間に獣人族の別の者へと生まれ変わった。


 成人を迎えた時、狂竜は同じ番の魂に惹かれて封印を破って出て来てしまった。


 だが番を殺された記憶を持って生まれ、その竜を殺す事だけを考え女剣士となって生きてきた獣人の女性は、魂の傷が修復されないまま育ち、心は憎しみに支配されていた。


狂竜は狂っていても、番には危害を加えないといわれている。そしてそれは本当だった。


 生まれ変わりの女性は、憎い狂竜の心臓を一突きにして殺し、事が終わると自分もまた心臓を貫き死んだ。


 それは、すでに狂っていたからとも、憎い竜を殺せて満足して死んだとも、竜殺しの呪いで死んだとも言われているそうだ。


 何て残酷で悲しい話だろうか・・・。 


だから父さまは私に聞かせたく無かったんだなと、思った。


「でも、狂竜の封印を、獣人国でやった事があるなら、やり方を聞いておいてもいいかも知れないよね、だって父さまならもっといいやり方を見つけるかもしれない…」


「そうだな、そうしてみよう、もう、おやすみ」


「うん、おやすみなさい」


番と言うものに縛られて生きるモノは、かわいそうだ。


 そこに本人の意思はなく、ただただ竜の本能で、相手を追うことしか考えられないなんて、なんて哀しいのだろう。


魂の番に出会えると幸せなどと、どうして言えるんだろう…。もし、私ならば怖い。


人族に、エルフと、その縛りにかからなかった私には、獣人も竜人も哀しい存在だとしか思えなかった。





          ※         ※          ※






そして、それから王都でまた冬を迎えた。


王都の冬も、外はなかなかに寒い。


村では冬は雪などが降ると家にこもり、こじんまりとした部屋で暖かくして、父さまに本を読んで貰ったり、色々な国の面白い話や、知らない風習、食べ物の話など聞くのが好きだった。


薪ストーブで木を燃やし、上にかけたヤカンの蒸気の漏れる音や、時折焚(く)べる木のはぜる音、寒い冬の暖かい情景だ。




そして、今年の年末は、父さまの育ったクロニクス公爵領地で過ごそうといわれて、とても楽しみになった。


年越しには、クロニクス公爵領にある、街の広場や村の広場に領主からのプレゼントとして大きなシンジュアの樹を切り出して、広場に立てるそうだ。


 そこにたくさんの蝋燭の火を灯し、神殿で祈りを捧げられた可愛いお菓子の詰まった小さな籠(かご)を皆に配るのだそうだ。新しい年の幸せを分け与える意味があるらしい。


ジンジャー入りのホット赤ワインも無料で配られ、毎年のクロニクス公爵領の風物詩なのだとか。


 それがどんな場所なのか思いを馳せるだけで、ワクワクする。


 年越し行事のお手伝いに出る人には、年末なので色を付けたお金が支払われるので、かなりの争奪戦らしい。


 私もやって見たい。




アバルドおじさんと、サンディも一緒に行こうと父さまに言われたので、とてもうれしい。


最近では座学の勉強や、貴族のマナーの勉強なども屋敷で教師を招いて受けている。


父さまが、その事に口を挟むと、ソーシェが怖い。


「お嬢様のお立場を思えば、当然の事にございます」


 と、ぴしゃりと怒られていた。


そうなのだ、先で起こるかも知れない脅威にかまけて、今しなければならない現実からは逃げられない。


 今まで好きにさせてもらっていたので、ソーシェの教育は厳しい。


しかも、狂竜の番の話は、誰にも言えない秘密の脅威だ。だから、現実をとりあえず頑張ろうとおもいます。



 

 12月に入り王都には雪が降った。


 クロニクスの公爵領地はこれなら年末も雪だろうと、父さまが言っていた。


 そのクロニクスの領主の館のある辺りは、森や湖がたくさんあるそうだ。


 大きな街では年末前に市場が立ちとても賑やかなのだそうだ。


 「早く行きたいな、いつから行くの?」


 「そうだな、あと一週間もしたら、行こうか、ソーシェにも言っておく」


 「はい!」


 私は楽しみが出来て、勉強もやる気が出た。

 

 クロニクスの領地についても、どうせ行くなら勉強してみようと思い、屋敷の図書室で産業や土地の事を下調べした。


 ソーシェも色々教えてくれて、クロニクス公爵家には、レジェンドリア様と言う父さまのお兄さんがいて、とても賢く、城で宰相補佐をしていると聞いた。


 そのお兄さんは次期、宰相と言われていて、王都の屋敷に住んでいるそうだ。


 奥さんがいて、子供はまだいない。


 領地は父さまの父さまが運営している。


 酪農や織物も有名で、養蚕の盛んな地域も領地に持っている。


 とても豊かな領地であり、加えて強い魔力を持つ家系である事で有名だ。

 

 おじい様自体がとてもやり手の領主であるようだ。


 「大旦那さまから、お嬢様の立体写真(ホログラフィー)を何度か送れと急かされまして、この間は3回もお送りしました」


 「おじいさま怖くない?」


 「お嬢様にとっては、ただの好々爺(こうこうや)でしょうな、貴族の中では切れ者のやり手で有名でございます」


 そんな事を言われて、私はますますクロニクス公爵領に遊びに行くのが楽しみになった。




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