4.王都の屋敷へ
翌日はコーヒーの香りで目が覚めた。
朝の光が差し込み、カーテンが開けられていて、窓際のこじんまりしたソファーに腰かけて、父さまがコーヒーを飲みながら、本を読んでいる。食堂から貰ってきたらしい。
「おはよう、ニコ。着替えて、朝ごはんを食べたら王都に行こう」
ゆっくりと、小さい子供に言い聞かせるように、父さまが声をかけて来る。
「…おはよう、父さま…はい」
ねぼけまなこを擦りながら、起きて顔を洗うと洋服を着替えて父さまの前に行く。
サンディは私の後をてとてと付いてまわる。
「じう、じううう」(髪が、はねてるよ)
「あ、忘れてた」
「ブラシを持っておいで」
コーヒーを傍にある備え付けの文机に置くと、父さまはソファーの空いた所をトントンと指差した。
ブラシを持って行き、隣に座り父さまに髪を梳いてもらう。父さまの魔法の指だ。直ぐに綺麗になった。
「そう言えば、髪と瞳の色を元に戻さなくてはならないな、食事の後で戻そう」
「髪と瞳の色?」
私とニコは髪と瞳の色が黒で、この世界では珍しく目立つので、色を茶色を変えていたのだ」
「知らなかった、母様は何色だった?」
「ニコの母様は金色の髪だった、貴族、王族は金色や銀色が多いな」
金色と聞いて、幻で見た黒い石の上に散らばる長く美しい金髪を思い出しゾクリとした。
この世界にはたくさん金髪の人はいるのに、怖がってどうするというのだ。
サントルデ村では、少し濃い薄いはあれど、茶色の髪の人ばかりだった。
アバルドおじさんは色持ちと言われる属性によって髪に色のでた人だ。
たまに、そのような人も生まれるが、慶事として扱われる。
「どうした?」
「ううん、何でもない、今日の夜も、ニコと一緒に眠ってね」
「ああ、一緒だ」
父さまは、それ以上何も言わずに綺麗に髪を梳かしてくれた。
「さあ、綺麗になった。朝食を食べに行こう」
アバルドおじさんはあの後、知り合いの店に飲みに行ったみたいで、ノックをすると、大あくびをしながら出てきた。
「ふわああぁっ、もう朝か、腹へったな、ここは朝食はみんな同じモンだけど、目玉焼きや他のおかずやパンは、全部おかわり出来るからな、早く行こうぜ」
おじさんは今日も元気がみなぎっているみたいだ。
朝起きたばかりで、あまり入りそうになかったので、温かいミルクと、白くて柔らかいパンを一つ取って、バターを塗って食べた。
サンディは目玉焼きとベーコンをそれぞれ三つと、ニコが取ったのと同じ、白くて丸いパンを三つ取り、それぞれを割いたパンに上手に挟んで、もぎゅもぎゅ食べている。飲み物はミルクだ。
父さまは、温野菜と茹でタマゴと、パンとスープとコーヒーをトレイに載せている。
何処かで「ゆで卵になりたい」と、声が聞こえたような気がした。きょろきょろして見てしまった。
おじさんは、サンディの食べ方を見て何か閃いたらしく、生野菜のサラダと、パンと、ベーコンと目玉焼きを五つずつ取り、パンにナイフで横に切れ目を入れて、その間にクレソン等の野菜やベーコン、目玉焼きを挟み、食いちぎる様に、ガブリと食いつき、「んめーな」と言いながら、だいたい一つをふた口で食べ、スープは三杯お代わりして、飲み物はミルクとオレンジ果汁、後でコーヒーと、流し込む様にすませてゲップをし、父さまに怒られていた。
「貴様、ニコの前で教育に宜しくない事をするな」
「ん、ごめん、ごめん、ワザとじゃないんだ、ごめんなニコ。おじさんお貴族様じゃないからお上品に出来ないんだ、でもニコは正真正銘、お貴族様のお嬢様だから、他所ではお上品にしないとダメだぞ」
「うん、分かった」
よしよしと、私の頭を撫で、満足そうに笑うおじさん。
「ま、ニコは何をしても、しなくても、居るだけで可愛いいんだけどな」
そんなおじさんを見て、呆れたような顔をしたもう父さまは何も言わなかった。
その後、宿の支払いを済ませ、少し先まで歩き、建物の間の路地に入る。
まだ朝早いので人気もなく好都合だったようだ。
いつの間にか父さまが、初めて見る黒く長いローブを取り出し、さっと袖を通した。
銀色の飾りの縁どりが袖や裾に入り、背中に見た事のない鳥と獣の身体をした動物の紋章が大きく入っている。
髪の色が、目の色が、濃い黒へと変わっていく。
茶色の髪と瞳の父さまはとても綺麗だったけど、黒い髪と瞳になった父さまは、もっと、もっと綺麗な気がする。
同じ現象が私に起きているとは気づいていなかった。
「では、王都まで飛ぶ」
父さまと手を繋ぐと、足元の石畳の上に魔法陣が現れた。
ここに来た時と同じように、くるりと世界が回り、父さまと繋いでいた手をきゅっと握ると父さまが握り返してくれた。
すぐに空気が変わり、周りの気配が変わった。
ゆっくりと閉じていた目を開け天井を見上げると、そこには高い天井から巨大なシャンデリアが下がり、クリスタルの飾りがキラキラとこれでもかと下がっていた。
私は、見知らぬお屋敷の広い玄関ホールに立っていた。
「お帰りなさいませ、旦那様、お嬢様」
男の人の声で、一斉に大勢の声がハモる。
「「「「「お帰りなさいませ、旦那様、お嬢様」」」」」
ずらりと居並ぶ使用人の人達を見て目を丸くしていると、銀色の髪を後ろに撫でつけ一つに括った、黒い服のおじいさんが一歩前へと出てきた。
「ああ、お嬢様、なんとお可愛らしい!旦那様の幼い頃に生き写し…」
銀色の髪のおじいさんは片膝を付いて涙ぐんで私に手を伸ばす。
それを、さっと父さまは手で制した。
「じい、何故じいが来ているのだ?」
「もともと、じいはジェイフォリア様付きにございます。大旦那様からの許可は頂いております。今後は此方におりますので、遠出をされる場合でもお屋敷を閉じるのはお止め下さい」
「…分かった。娘のニコリアナと、護衛のアバルトだ。二人の部屋の案内と、細かい物の手配を頼む」
「はい、お任せください」
父さまに、深々とお辞儀をしたおじさんは、私に向き直った。
「お嬢様、じいのソーシェでございます。お屋敷の事で困った事があれば、全てソーシェにお任せ下さい。後でお嬢様の身の回りのお世話をする侍女がまいります。まずはお嬢さまのお部屋を見に行きましょう」
ソーシェと言うおじいさんが、私の手を取り引いて行こうとするので、父さまを振り返った。
「父さまは?」
「私は暫く屋敷に居る。アバルドとネズミは父さまが連れて行くが、用があれば何時でも呼びなさい。父さまには聞こえる。それとソーシェは信頼しても良い。この屋敷は私の結界で守っているので安心しなさい」
父さまの答えに満足して私は頷くと、ソーシェの手を取った。
「あのね、私、母さまの絵が見たい。後で見せてね」
「はい、お嬢様、分かりました。私の事はソーシェとお呼び下さい。お嬢様のお部屋にも、お母様のマリオン様の肖像画がございますよ。とてもお綺麗な方でした」
ソーシェは私の手を引きながら、ゆっくりと屋敷の中を歩く。
「お嬢様のお部屋は、旦那様のお部屋の続き部屋でございます。奥様のマリオン様のお使いになっていたお部屋でございますが、家具等は全てお嬢様用の物に取り換えてございます」
部屋に入ると、明るく広い居間になっており、そこから大きな両開きの窓の外にテラスが見えた。
ここは三階だが、テラスは中庭に広く張り出した造りで、庭が一望できる様だ。
壁紙は白を基調に、子供向けに張り替えたのだろう、金やピンクの蔦模様と愛らしい薔薇の意匠が凝らされている。
「外のテラスは奥様がお気に入りの場所で、よく読書やお茶を楽しんでいらっしゃいました」
私は、ソーシェの言葉を聞きながら、部屋をぐるりと見回す。壁にはお母様の肖像画が掛けられていた。
美しく波打つ豊かな金髪を背に垂らした少女が微笑んで此方を見ていた。
青い瞳に、水色のドレス。
その眼差しは意志をもって此方を見つめていた。
髪はサイドが編み込まれ水色の花飾りや宝石のピンで飾られている。
「マリオン様が十三歳の頃の肖像画にございます。このお屋敷のお部屋には彼方此方(あちらこちら)にマリオン様の肖像画が飾られております」
身体を少し斜めにずらし、椅子に座った上半身の肖像画だ。
迫力のある美少女だった。
「たくさんあるの?」
「はい、マリオン様の強いご要望により、お二人のご婚約がお決まりになって以来、マリオン様はご自分のお誕生日には毎年肖像画を送って来られました。お返しにジェイフォリア様の肖像画をお望みでしたので、毎年大旦那様は絵描き殿に、ジェイフォリア様の肖像画を描かせるのに一苦労されておりました」
何だか不思議な話だ。そういうのは貴族や王族では当たり前の話なのだろうか?
「じゃあ父さまの子供の頃の肖像画は何処にあるの?」
「お城に残るマリオン様のお部屋に飾られているそうでございます」
「…ふーん。母さまは、父さまが大好きだったのね」
「はい、それはもう、大変に」
なんだか母さまは、ちょっと変わっているなと私は思った。
そこで、ノックの音が聞こえ、ソーシェが「どうぞ」と許可すると、メイド服を来た女性が五人入って来た。
「この五人がお嬢様付きの侍女でございます」
その後、五人を紹介されて「お召し物のお着替えを致しましょう」と言われ、部屋を変えてから、洋服を変えられてとても疲れた。
なんとなく、竜王城(サンテロッサ)でもこんな事があった事を思い出し、この後の着替え事の、心の準備が出来たのは良かったと思う。
「お嬢様はとてもお可愛らしくてお美しい。絶世の美貌を歌われる旦那様とそっくりにお生まれになられて、とてもお幸せですよ」
確かに父さまはとても綺麗だ。私は父さまに似てると言われるけど、自分ではよく分からない。
でも、村の人にもよく似ていると言われていたので似ているのだろうとは思っていたが、前世の自分の感覚も少し残っているので、容姿については微妙な感覚しかない。
今世については、父さまが恥ずかしくない容姿で本当に良かったと思う。
あの美しい皇太子に、蔑(さげす)む様な目で見られてとても悲しかったのだ。
他の誰が慰めてくれても、身の置きどころが無かった。
あ、イヤな事おもい出してしまった。そこでスッパリ思考を切り替える。
「そう、ありがとう」
容姿を褒めてくれた侍女に言葉をかけた。
「まあ、本当にお可愛らしい。ジョゼはお嬢様にお仕え出来てとても幸せです」
「うん、よろしくね、色々おしえてね」
やっと、王都に来てニコは初めて微笑んだ。
ニコだって、前世(むかし)のニコではない。
いまから何が待っているのか、知らない事が多くて怖いけれど、そんな気持ちに負けてはいられないのだ。
だって、自分を守っているのは父さまだ、父さまの負担を減らすように、強くならなければならない。
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