第三章

閑話 ニコのひとりごと

サントルデ村は、シャナーン大陸の北に近いナランバル山脈を背負った山や森に囲まれたグアニラ伯爵領の端にある。自給自足の小さい村ばかりの集まる地域だ。


 見渡す限り長閑な山と森の景色が何処までも続く場所だった。






わたしのなまえは、ニコ。


いま、五さい。


サントルデ村のはずれにある家で、だいすきな父さまと、サンディとくらしてる。


 まいにち朝おきると、とてもわくわくずる。きょうはなにをしようかな?


 うちのすぐ近くに、しんせきのアバルドおじさんがすんでいて、だいたい、いつも夕しょくは、いっしょに食べている。


アバルドおじさんは、とてもからだが大きい。赤くてまっすぐのせなかまである髪を、うしろでひとつにくくっていてかっこいい。村のおばさんたちからもにんきがたかい。


 まえ髪も、よこ髮もぜんぶきれいにくしであとがつくくらい、きっちきちにくしをとおして、ひとまとめにして頭のすぐうしろでくくってあるので、しゅるっとさがった髪が赤いうまのしっぽみたいだ。ときどきさわらせてもらう。


 まえ髪が、顔にかかるのが、うるさいからこういう風にしているのだとおじさんはいっていた。


この髪がたには、サントルデ村のとくさんひん『青ジシのこうそうゆ』はかかせないんだって。


てにつけたのこりを、ちょっとだけ 髪につけるとしっとりして、いいかんじになって、髪にツヤがでるっていってたよ。スーッとしたかおりがするんだよ。


 もう一つは『赤ジカのこうそうゆ』で、こっちもいいんだって、こっちはちょっと甘いにおいにしてあるから、おんなの人がすきなにおいなんだって。


 ふつうは、鹿のあぶらは、すぐにゴリゴリかたくなるから、森でとれるオリブのあぶらがまぜてあるんだって、そうしたらやわらかくなるらしい。ニコの父さまはいろいろなことをおしえてくれる。


 ニコの父さまはとてもきれい。村のともだちが、むらいちばんのびじんだってみんないってるっておしえてくれた。びじんってきれいな人ってことなんだって。


 そういえば、鹿のスープのんだら、すぐに口のまわりに白いパリパリがついたわ!といまおもった。かたまるおんどがひくいんだって。


 どっちのあぶらも、体のどこにつけてもよくて、とってもいいにおいがするから、カレイシュウがふせげるんだって。アバルドおじさんは、よその村のおんなの人に、これをつけているともてるんだぞっていってた。


 ニコはおんなの人にもてなくてもいいよ、っていったらおおわらいしてた。


 そういえば、カレイシュウって…なに?


アバルドおじさんは、りょーりがじょうずでいつもおいしいものをつくってくれる。父さまもじょうずで、朝とおひるは父さまとサンディがつくってくれるけれど、夕しょくは、おじさんがつくってくれる。


 サンディーは大きなねずみなの。でも、なんでもニコよりじょうず。ニコのだいじなともだち。


おじさんは、夕しょくを家のみんなでたべるのがいつも楽しみだっていっている。


さいきんは、父さまやおじさんに、いろんなことを習っている、もじは父さまに四さいからならっている。


 ニコは、ときどきこわい夢をみる。みたら、こわくていっぱいないた。


 そしたら父さまは『ぜんせのきおく』っていうものだとおしえてくれた。


 いきものには『たましい』っていうものがあって、しんだらたましいはあたらしいからだをもらって、また生まれてくるんだって。だから、こわい夢はまえのじぶんのきおくらしい。


 そういうのは、すごくめずらしいことなんだって。ほかの人にいっても、しらないことだからへんにおもうからいったらだめだっていわれた。そうかもしれない。


まえのじぶんには、いまの父さまのとこじゃないとこに、いたのをおぼえているけど、あんまりおぼえていない。でも、ちがうかぞくがいた。


 それで、まえのじぶんは、そのかぞくとはなれたくなかったけど、りゅうの〇〇〇だといわれて、遠いくにへつれていかれたのをおぼえている。


でも、〇〇〇ってことばがどうしても思いだせない。


 とてもかなしかったのを、おぼえている。


『りゅうじん』はこわい。


りゅうじんは、アバルドおじさんより、もっと大きくて、わたしのくびをしめたり、けとばそうとするとてもわるい人がいた。


でもあんまりおぼえていない。


またつれていかれたらこわい。


それに父さまからはなれるのはイヤ。


ぜったいにイヤ。ニコは父さまがだいすきです。


こわいりゅうじんのことをおもいだすと、くびをしめられているようにくるしくなったことがある。とつぜん、かなしいきもちになって、おぼれそうになって、あっぷあっぷするのだ。


けれど、父さまと、サンディが『大丈夫だよ』ってなでてくれたらなおる。


「ニコはなにがあっても父さまが守る、だからぜんぶ忘れていい」


と、父さまがいった。


でも、父さまになにかがあったらイヤなので、つよくなりたい。


もし、りゅうじんがやって来たら、やっつけたい。


 父さまは、きれいで、やさしいから、わたしがわたしと父さまをまもるのだ。


 そういったら、父さまが、「ニコはニコの母さまそっくりだ」といってわらった。


 よくわからなかったけど、父さまをだきしめたくなって、だきついた。


 「かなしくないよ、ニコがいるよ、ずっといるよ」


 といった。


 だって、父さまがわらっているのに、なきそうにみえた。




 それと、さいきん『やくそう』をおしえてもらっている。


父さまのおしごとのおへやで、『やくそう』をおしえてもらうのは、たのしい。


ときどき、父さまとサンディと森にいって、おしえてもらった『やくそうさがし』をしてあそぶ事もある。



 あとは、村のともだちとあそぶこともある。


ジブルガおじさんとこのジャニスと、ゴーチおじさんのとこのウィキとギリアおばさんとこのパラルだ。


 ジャニスはもう大きいし、やさしいけど、ウィキはらんぼうだ。


パラルは、いつもボーっとしてる。


 ウィキはいいっていってないのに、かってにわたしをあそびにつれていこうとするときがあるから、そのときは手をはたいてやる。


 「いってえよ、このブス!」


 ウィキは『ブス』っていうことばがさいきんの、おきにいりみたい。


 口もわるくて、アバルドおじさんに聞かれたときには、いつもあたまをはたかれている。


 「だいたい、ニコがブスなら世の中の女は皆、ブスだ!」


 おじさんもおとなげない。


 サンディもときどきウィキに足をひっかけてころがしている。


 この村のこどもは、このさんにんだけ。おんなのこのともだちがほしい。


 サントルデ村には、村の『きょうどうさぎょうしょ』というのがあって、みんなであつまってあぶらをとって、びんにつめたりする。


 はじめたときはそれぞれの家から鍋をもちよって、ちょっとずつあぶらを煮だしていたらしい。


 いまでは、村のしゅうえきで、おおきな鉄の鍋をかっていちどにたくさん作れるようになった。


 さむくなるまえくらいから、あたたかくなるまえくらいまで、いいえものがとれたら集まってさぎょうする。


 あぶらのクリームがうれたら、村のしょうらいのために使うんだって。


 エルフはこどもが少ないから、村のこどものきょういくにつかったり、こわいびょうきをなおす薬をかったりするのに使うとアバルドおじさんがいっていた。


 さいきん、『ヤトトジカビョウ』にきく薬が、いなかでも買えるようになった。


 父さまがつくって、おばさまのしょうかいがうりだしたって言ってた。


 でもこれはないしょなんだって。


 その薬は、しょみんでも手がだせるように、やすくしてあるので、まりょくのない人がたすかるようになったと、みんながよろこんでいてうれしい。


 わたしも、父さまみたいにお薬をつくれる人になりたい。


 おいしいお肉もたくさんたべたいので、けものの猟もおしえてもらいたい。


 まいにち、いちにちが過ぎるのがはやい。きょうももう、くらくなってきた。お鍋をにるいいにおいがしてきた。


 こういうの、しあわせのにおいっていうらしいよ。アバルドおじさんにおしえてもらった。


 


 


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る