6. ヤトトジカ病の特効薬を作るには1

 俺は、ジェイと連れ立って、魔兎を獲りに何度か深い山に入った。

 ヤトトジカ病の特効薬がもし作れるとすれば、どんなに素晴らしいだろうか。


 貴族の連中の中に、魔力を持たない平民の命を救う為だけに、どうやって作れば良いか分からない様な薬を、研究してわざわざ作ってやろうなどと思うような物好きはそうそういない筈だ。それに、薬草や病気に関わる詳しい知識を持つ者も希少だ。


 それが、今ここに一人居る。なんて俺は幸運なのだろうか。

 ジェイが例え、気まぐれに言ったのだとしても、俺はそう言ってくれただけでも嬉しかった。


 どう見ても重たい物など持った事もないだろう、こんな山の中に分け入った事もないだろう。高位貴族の育ちの良い人物が、わざわざ俺に付き合ってこんな場所で魔兎狩りまでやってくれているのだ。有難い。


 辺境の地で、俺自身どこから手を付けて良いか分からなくなり困っていた。貧しい村興しの助けとなってくれる人物に出会えた事に感謝する。


 普通の猟師は入る事が無いような山奥だ。前に山ヤギを捕まえた場所よりももっと奥になる。


 一度入った場所にはジェイが魔法陣を地面に魔法で焼き付けて帰り、其処を起点にしたので、次からは作業が楽だった。その魔法陣は彼が許可した者しか使えないようになっているらしい。

 最も、この辺りで魔法陣を使えるような魔術師はいないのだが……


 魔兎は弱いとは言え魔獣なので、十分注意が必要だ。

 ただの獣の兎と違い、形は良く似ているが、一回り大きく動きが速く、前足の鋭い爪と後ろ脚の蹴りは要注意だ。


 腕など喰らいつかれたら持って行かれると思った方がいい。魔兎は肉食だ。

 だが火には弱く、松明を持って歩くと恐れて襲って来ない。でも蹴りをくらったら手足の骨など簡単に折れてしまうだろう。

 

「魔兎の巣穴は出入り口が二つだ。巣穴の奥行は三メートル位で、もう一つの入り口はだいたいこの入り口から六メートルの対角にある。そういう性質だ」

 穴の位置から反対側の六メートル位離れた場所を静かに探ると、大木の木の根に隠れた場所に確かに穴があった。


「なるほど、これだな」


 魔兎の穴を見つけたら、二つのうちのどちらかの穴に火を点けた枝をいくつか放り込み、燻してやると、怒った魔兎が反対側から飛び出て来る。それを捕まえれば良いのだが、なにしろ狂暴なので普通は鉄の檻を出口に設置しておくものだ。


 だが、ジェイは魔兎が穴から飛び出たら、風魔法で首を撥ねてしまうので、大丈夫だという。そんなにタイミングよく上手くいくものだろうかと思ったが、嘘の様に綺麗に首を撥ねてくれた。スパリと首が落ちて転がる様は怖い位だ。


 魔兎の転がった首は、怒って歯を剥きだした表情のままだった。

「こわっ、このまま噛みついてきそうだ」


「だが、死んでいる」


 ジェイはあまり興味なさそうに視線を落として言った。


 もう魔兎の目には光が無かった。動物は死ぬと目から光が消える。人でもそうだなと俺は思った。


「それにしてもすごいな、とても正確だ。切り口が美しい」

 まるで鋭利な刃物で落としたように滑らかな綺麗な切り口だった。


「そうか」


 その魔兎は、そのまま首を下に向けて脚を木に吊るして放血した。

 下に穴を掘っておいたので、その場所で放血して不要な部位はそこで始末すると良い。


 その後、同じように全部で十羽捕まえて、内臓を抜き、いらない内臓等は掘った穴の中に入れ、火炎放射の魔法を使い焼いてから埋めた。

 

 以前鹿を解体した時と同じ様に、内臓の内包物が出て来ない様に処理した。


 あとは頭部以外はそのまま持って帰る。兎の足先はお守りに人気だ。魔兎だと付加価値が上がる。留め具を付け綺麗に加工して土産物等にされるのだ。


 特に辺境では、不思議な力が宿ると信じられ、幸運を招くと言われる。兎が多産という事から、繁栄と安産のお守りとしても人気が高いのだ。


 沢で肉を流水で流し冷やしたら毛皮を剥ぐ。剥いだ毛皮は後で塩漬けにする必要がある。


 頭蓋は工芸品に使えるので、場所を決めて頭部は土の中に埋め、土の中の微生物に肉が分解されてから取り出せば手間がいらない。


 魔兎の爪は、鋭く硬く細いので、革製品の穴開けなどの道具に使われて職人に人気が高い。毛皮は温かく毛質も柔らかだ。そして肉も普通の兎より断然旨いのだ。


 どの魔獣もそうだが、形が似ている普通の獣とは、比べようもない程、魔獣の方が旨い。


 「よおし、予定通り十羽獲れたな」


 「ああ、そうだな」


 さりげなく俺の身体にも浄化魔法をかけてくれ、ジェイは頷いた。

 散った血液の汚れも落ちていた。


 ウサギ肉も浄化をかけてから、状態維持の魔法のかかった家の納屋に送ってくれた。


 今日は何故か、ジェイはあまり家を空けたくないようで、魔法をぱっぱと使い、最短時間でささっと猟を済ませた。


 魔兎の魔石は小指の第一関節位の結晶で、うす桃色をした乳白色の石だ。脾臓の傍にある。



「なんだ、何か早く家に帰ってする事があるのか?えらく急いでいるな」

 ジェイが急いでいるようだったので、気になって聞いてみた。

 

「ネズミが不安がっているのだ。ニコが泣くので困っているのが分かる」


 最近、ニコが理由もなく泣く事がある。ジェイが抱いてあやすと直ぐに泣き止むのだが、ネズミでは時間がかかる。そこはやはり父親でないと駄目なのだろう。




   ※   ※   ※




 私には感じられた


 ニコの魂に付いている傷が、ニコを悲しくさせるのだ


 彼女からとても悲しい波動が押し寄せて来る


 そういう時はなるべく傍で抱きしめて安心させてやるのが良い


 私の魔力で包みニコの魂の傷を癒してやるのだ


 幼く柔らかく壊れやすい心と体を守る


 思い出したくない事を思い出さないで済むように




 家に帰ると、ネズミが「ぢう、ぢう、ぢう、ぢう」と直ぐに文句を言った。


「悪かった。今度は直ぐに帰る。すまない」


 私は素直に謝った。


 流石に、山に行ったばかりなのに、いきなりアバルドを魔物がいる山に一人残して帰る事は出来ないと思ったのだ。その程度の常識は、私にも有る。


 だから、次からはアバルドに、先にそういう事があれば帰ると一言いってから山に入らねばならない。


 ニコは泣き疲れて眠ってしまった様で、まぶたが腫れて赤くなっている。


 すぐに腫れが引く様に、癒しの波動を送り、やさしく髪を撫でた。


 私は、血行を良くしたり、気分を落ち着かせたり、軽い怪我を治す程度なら癒しの魔法も扱える。


 暫くそうしていたが、ニコが良く眠っているので、ネズミに世話を任せて、その間にヤトトジカ病の薬に手を付ける事にした。


 すっかり、薬の調剤室として改装された部屋は、私の希望にそってアバルドが棚や机一式作ってくれたので、見違えていた。


 部屋の壁一面には棚が出来、かなりの数の薬草粉末等が瓶にストックされ、部屋の中には太陽光を入れないように造られている。


 棚にはちゃんと瓶が落ちないようにガードがつけられているので、人が当たったり、地揺れなどでも物が棚から落ちないように配慮されていた。


 これから、少しずつ色々な魔獣から魔石を集めてみるのが良いだろう。

 どの魔獣の魔石が、どれほど人の身体に影響を及ぼすのかも確認したい所だ。


 そして、近場でモグルも捕らえて魔石を採取している。

 モグルは上位種がモグラートと言う魔獣だ。モグルは家の柱を齧るので嫌われているが、性格は温厚で大人しい。肉と毛皮と魔石が採れる。

 そしてモグラートはペットとして人気があった。


 もっともこちらは魔光石として需要がある石だが、組み合わせれば効能も違うだろう。


 それ以外にも、私がもって来た様々な道具だとか、薬や魔石もあるので壮観な眺めだ。


 ここまでの研究室は王都にもなさそうな位、良い環境になっている。


 魔石を粉にするには、普通ならば道具で小さく砕いて行くしかないが、私は魔術式を組んで魔石粉砕用の魔法陣を強化したガラス瓶に焼き付け魔石をその中にコロンと入れて蓋をし、魔力を流す。


 一瞬で魔石は粉に変わり、満足した。


 蓋付き瓶なので粉砕と収納が一緒に出来て便利だ。


 それ以外にも、こちらで採取した様々な薬草をストックしている。



 マカルは滋養強壮、婦人病の改善。


 今日、魔物の山で見つけて採取してきたギーモヨは、増血、浄血、殺菌とかなり使える薬草だ。


こちらの地域に分布があるのを初めて知った。


 ガビワの葉は、咳止め、疲労回復、食欲増進だ。


 それと、グメスの木を見つけた。


この木の皮はとても希少な薬になる。肝臓や腎臓の働きを高める。利尿作用があり、血行も促進される。


 それらを組み合わせ、調剤すればかなり使えそうだ。




 


注※お話に出て来る猟や動物の話は、作者の脳内世界の事です、ご了承下さい。


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