三頁目

 それは素晴らしいことでした。

 

 心の通じ合うこと。

 心を分ち合うこと。

 お互いの存在を心で感じて。

 お互いを心から理解できる。

 穏やかな沈黙の中の。

 穏やかな確信と安心。

 それは、それは、素晴らしいことでした。

 

 だけど。

 

 だけど、もう失われてしまった。

 もはや、他人がわからないし、わかってもらえない。

 

 それは、とても、耐えきれないことでした。

 

 沈黙の国は絶望に覆われたのです。

 

 彼と彼女は、その渦中で。

 わずかでも共有できるものを見つけたのでした。

 目を合わせ、互いに微笑み、

 景色を眺め、耳を澄ませて、

 隣りに座り、肌を寄せ合い、

 呼吸を聞き、声を聞き、お互いの温もりを感じました。

 

(一人じゃないんだ)

(私達はまだ、放り出されたわけじゃないんだ)

(ここに居る。お互いが、ここに居る)

(ずっと減ってしまったけれど、全てが失われたわけじゃない)

 

 か細い幸せに支えられながら、

 彼らはたどたどしく、使いなれない喉と舌を使い、

 つたない言葉を作り始めました。

 物に、音に、現象に、気持ちに、一つずつ、少しずつ。

 名前をつけていったのです。

 

「石、山、風、花……、温かい、甘い、君」

 

 一つ一つ、指差しながら。

 

「鳥、空、緑、涼しい、私」

 

 彼らは、名前を口ずさみます。

 

 お互いを確かめるように。

 

「あ、夕陽」

 

(綺麗だね)

(美しいわ)

 

 手を握り合って、静かに微笑み合って。

 幸せな心地。

 

 でも。

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