第2話 思いもよらぬ

雷の丘を越え、突撃牛の群れに追われて草原を突っ切り、ファンがその街に着いたのは陽が落ちる頃だった。

入口に立つ門番と手荷物検査で軽く揉め、少々時間を取られながらも無事に街へ入ることができた。

魔獣返しの門を抜けてちらほらと周りに歩いている人と同じ方向に歩き出す。

何の気なしに立ち寄った街だったがやけに人通りが多い。

そこそこ大きい街ではあるが、何かあるのだろうか。

なんにせよひとまずは今夜の宿を探そうと歩いていると、ひときわ明るい場所が目に入る。

たくさんの店が立ち並び、道の両端を固めるようにずらりと続いている。どうやらこの街の商店街らしい。人の列ができているのが遠目にも分かり、雑多に響く呼び込みの声が賑わっている。

ファンは人の流れに乗りきょろきょろとあたりを見回す。よくとおる声で店の前に並べた品をたたき売る中年の男。はるか遠方に群生すると言われる「空の牙」を扱う薬屋や使い道のわからない道具をずらりと並べている道具屋。その他にも普通の街では出回らないような品が多く見えた。

商店街の先を見れば何台もの商隊が行き来し、大通りを埋め尽くしている。

誰もかれもが忙しそうに動き回り、道に止めた台車から積み荷を降ろして店に運び込むさまは鬼気迫る表情がある。

近隣の国の通り道にあたるのか、商人の数はそうそう見ないほどに多い。

これだけの商人達が行き来し、運ぶ珍品が人を呼び、そうして人が集まるところにまた珍しい品が集まる。

なるほど、人が多いわけだと一人納得していると、


「うわぁ!」


後ろからやってきた少女がファンの背中にぶつかり、抱えた荷物をぶちまけた。

横を抜けようとしたのかわからないが、不意に背中に頭突きを食らったファンの息がつまる。


「もう、さっと避けてよ!」


顔を真っ赤にして叫ぶ少女が立ち尽くすファンに怒声をあげた。


しかし、ファンが何か口にするよりも早く、荷物を集めまとめた少女はじろりと一瞥、睨みつけると足早に走り去っていった。

まるで嵐を体現したような少女の背中を視線で追い、気の抜けた息が漏れた。


「ほんと、賑やかな街だなぁ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「しかし腹減った……」


1時間ほど歩いたところで腹の虫が大きく鳴いた。

昨日所持していた食料を食べきってから何も食べていない。

宿の前に何か食べてしまうか、道行く人に流されながら思う。

そこかしこからいい匂いが鼻を刺激し、空腹の胃がくるくると反応する。

先に飯にしよう、ファンは己の欲求に従うことにした。


どこがいいか見て回っていると他の建物より一回り大きな建物の前まで出た。看板には分かりやすく酒樽が書かれており、中からは機嫌の良さそうな笑い声と言葉になっていない呻き声が聞こえる。

店から漏れ出る香りは強く、抗いがたい誘惑がファンを襲う。しかし酒場というところには今まで縁がない。想像するのは酔って絡んでくる髭面の男たち。


「むぅ」


が、漂う料理のいい匂いが髭面の男たちを散らしていく。再び主張を始めた腹。もはや辛抱貯まらんと木製の扉を押し開けた。

ギィと鈍い音を響かせ中に入るとより大きくなった騒ぎ声が耳に入り、頭が揺れる錯覚を覚える。


「おぉ……」


まだ陽が落ちきっていないにも関わらず席はほとんど埋まっていた。初めて入る酒場には強く香る酒に豪快に焼き上げられた肉や炒め料理の香辛料の匂い、そしてそこにいる様々な人種が混ざり合いなんとも濃い香りが広がっている。

隅には壁から伸びる卓に椅子がズラリと並び、中央には巨大な樽が置かれ立ったまま酒を飲む男達が愉快そうに大声で笑っている。


――――見られてる


店内を観察しているとこちらを見る視線を感じる。

酒場に顔を出す少年はいかにも背伸びして見えるのか、大半は面白そうなものを見たとばかりにニヤニヤとした笑みを口元に浮かべていた。

ガキが何の用だ、そんなセリフが飛んでくるかと身構えていると中央にいた男達がファンの姿を見て嬉しそうに手招きをした。


「なんだ、坊主迷子か? こっち来いなんか食べさせてやるぞー」


思いがけず友好的な態度を取ってくる男に戸惑いつつ近寄っていくと


「ははっキョトンとしてら」


がっと乱暴に頭を抱え込まれ大きな腕に捕まえられた。


「いたっ痛い力強いってば」


ファンの悲鳴を聞いて先程から笑みを浮かべていた連中からヤジが飛ぶ。

酔っ払いのノリは何か音がなっていればそれでいいのか、頭を引っこ抜きながら思う。

男の腕の中でもがいているといつの間にかやって来ていた服の襟を立たせた男がそっとファンに手をかけて抜け出すのを手伝ってくれた。


「あ、ありがと」


ボサボサになった頭を整えながらファンがお礼を言うと襟の男はにこやかに微笑んで中身の黄色い杯を渡してきた。


「ココの実を絞って水に溶かしたものです。どうぞ」


言われるがまま1口飲むとふわりと香る甘い匂いが広がり、体に染み込む冷たさが心地いい。


「家は酒場ですがこういったものも置いてます。遠慮なく来店してください。 それからゼルさん。あまり小さな子をいじめるのは良くないですよ」


「こんくらいでごちゃごちゃうるせえぞ、ラウス」


襟の男――――ラウスにゼルと呼ばれた目の前の男はそういって手を振り、ファンへと向き直った。


「それで坊主、腹減ってるか?俺がなんか奢ってやるぞ」


筋肉で盛り上がった胸板をドンと叩き、ゼルが豪快に笑う。


「今こいつ機嫌がいいからどんどん食べちまえ坊主。朝に財布の中身見て白んでるこいつの顔がおらぁ見てぇ!」


隣の席で顔を真っ赤にして酔っ払っている男が調子よく囃し立てる。


しかし随分と気前の良いことだ。

見知らぬ奴に一食食わせようとは。

だがせっかくの好意を受け取らないわけもなく、いそいそとその辺にあった椅子を掴みゼルの座る卓に近づいて席に座る。


「何か良いことでもあったの?」


卓の上にある炒め料理をつまみながらファンが聞く。


「おうとも。明日の昼時にドロの奴らが性懲りも無く花摘みに行くらしくてよぉ。それ聞いて大笑いしてた所よ!」


杯にある酒をぐっと煽り、酒臭い息を吐いたゼルが言う。


花摘み、とはなんの話だろうか。


「あー、お前そうか。外から来たのか。それじゃわからねえか。そうだな、ドウトの森は知ってるだろ?」


「知ってる」


森の中に住み着く魔獣の危険さも有名だ。

なんでも家をも超える大蛇や、樹ほどの背丈の巨人がうろつく魔の森らしい。


素直に返事を返すとそうか、と楽しそうにゼルが笑う。


「その森のなかにはよ、魔力を無限に蓄えるって花が咲いてるらしくてな今まで何人もの旅人や傭兵がその花を取りにあの森に入ったんだ」


料理に気を取られているたファンがぴくんと反応する。


…………魔力を蓄える花


どこかで聞いたような響き。

どこで聞いたのだったか……頭の中に浮かぶ閃きをひとつひとつ見て回る。

そしてひとつ、ピンと来るものがあった。

たしか……


「でもドウトの森って……」


噂通りならそうそう気軽に入るべき場所ではない。

ゼルの顔を見れば、案の定。

宝に目が眩んだものの結末は……何となく予想がついた。


「あの森に入るなら命をいくつか増やしでもしねえとすぐにあの世いきよ」


顔をしかめ、嫌そうな顔で手を振るゼルは口直しをするように杯を煽る。


「あんまりにも死人が出すぎたんでその魔力の花を摘もうってやつはいなくなったんだ。でもな、世の中には自分の欲しいもんは手に入れないと気がおかしくなっちまう輩がいやがるもんさ」


「それが、ドロって人」


まあそんなのも街に一人ぐらいいてもおかしくはない。

会ったこともないし、今初めて聞いた名だが随分と無茶をする人物らしいことはわかった。


「街にぶらついてる傭兵を集めて何度となく花摘みに向かう馬鹿さ。ただなんとも息しぶとい奴でな、いつもギリギリ生きて帰ってくるんだよ、これが」


「だけどよぉ今回は相当腕がきくのを連れてるって聞くぜ」


隣からまた別の男が口を挟む。


「腕利きねぇ……」


あんな横暴なやつに従うのなんて高が知れてると、明らかに疑った様子で眉をゼルは眉をひそめる。

続けて話を聞くにその男は商人らしい。

今までにも何度となく失敗してきた花摘みだが、今回の気合の入りようは特に一番だという。

なんでも明日の花摘みにかけるドロの投資額はこれまでとは桁違いなのだとか。

何故今回に限ってそこまで力を入れるのか、知るものはいなかったが、ゼルたちは「大方ついに堪忍袋の尾が切れたんだろうよ」と言って笑っていた。

集めた傭兵を使い、護衛させているらしいが、そこまで準備しても危険な森なのだろうか。


「坊主ももし仲間が出来て、パーティを組んでも、花摘みだけはやらないほうがいいぜ」


いよいよ空腹の限界を迎え、夢中で料理を頬張る。

そんなファンを見て、ゼルが冗談めかして言う。

心配しなくとも、生まれてこのかた誰かと共に行動したことなどない。

また、自分がパーティに向かない性格をしていることもファンは自覚していた。

ずっと一人で行動してきた弊害か、ファンは他人のために動くという行為が理解できない。

仲間のため。

友のため。

なぜ自分以外のもののために命を賭けて戦おうという気になるのか……。


『旅はいいよ。仲間がいればうんと楽しいから』


ーーーージルはなんだか言いたそうにしてたけど。


育ての母に言われたことを思い出し、なんとなく懐かしい気分になる。

その後も、ドウトの森についてゼルから色々と話を聞き、満腹になるまで食べたところで酒場を出た。

欠けらも遠慮することなく料理を食べまくったにも関わらずゼルは最後まで機嫌良さそうに話していた。

いきなり他人の金で飯が食えるとは幸先が良い。

ファンは久しぶりに美味い飯屋を堪能したと満足気な顔でまだ人混みのはけない道を歩き、宿を探す。吹き抜ける風が食後の火照った体を撫で、ひんやりと涼をおとす。

ファンはゆっくりと進みながら、心地よい気分に浸っていた。

商店街の近く、路地を二つ入ったあたりのところで宿を見つけ、一日分の代金を払う。

宿の部屋に入り、

満腹の腹をさすりながら床に腰掛けた。


「ーー召喚」


ファンの呼びかけに答えるように一冊の本が出現し、ファンはその頁をめくっていく。

たしか、名前は……


「やっぱりあった」


数十頁めくったところでそれは見つかった。

その花はファンが探しているうちの一つ。

ファンが旅をする理由。

まさかなんとなしに寄った場所で見つけられるとは、運が良い。

思わぬところで探し物を見つけたことで自然と笑みが浮かぶ。


「確か、ドロは明日の昼時に門のあたりにいるとかいってたよね」


聞き間違いでなければゼルがそう言っていたはず。

酒場の呑んだくれが知っているくらいだ。

情報はさほど間違っていないだろう。

それならば、ドロのあとを付いていけば道は分からなくとも花のある場所にたどり着けるはず。


ドウトの森……危険な森との評判高い場所だが、もはやそういった類の場所へは何度も経験してきた。


床に横たわり目を閉じると、昼に突撃牛に追いかけられたせいか、足が鉛のように重たくなっている。

開いていた本を閉じると、それは霞のようにフッと消える。

浮かび上がった魔力の残滓が宙を彷徨い、行き所を探しながら天井に登っていき、やがて時間と共にみえなくなった。

ファンはうんと伸びをしたのち、しばらくぶりに屋根のある部屋を堪能しながら意識を落とした。

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