運命ジレンマ

猫柳蝉丸

本編

 今日もあの子と一夜を共にしてしまった。

 あいつの彼女だと分かりながら、溢れ出る想いを止められなかった。

 浮気なんて周囲の人達を裏切り続ける最低な行為だって事は分かっている。

 分かっていても、俺にはこの関係を終わらせる事は出来そうもない。

 三ヶ月前、あいつと喧嘩して泣いている彼女の姿を見た時から考えていた事だ。

 俺の方が彼女を幸せに、笑顔にしてやれるんだって。

 あいつは昔から浮気性で特定の恋人が居ても女遊びをやめない奴だった。

 そもそも彼女を先に惹かれたのは俺の方だったんだ。同じゼミのメンバー、二人で出掛けた事だって何度もある。そこに割り込みであいつが入って来ただけの話なんだ。順番で言うと俺の方が先に彼女にアタックするはずだったんだ。

 だから、彼女を泣かせるあいつを俺が慰めたっていいはずだった。

 俺の方が彼女を気に掛けてる。俺の方が彼女の事を好いてるんだ。

 彼女が付き合うのが俺だっていいはずじゃないか。

 あいつだって彼女を放置している天罰が下っても、誰も文句言わないはずなんだ。

 俺の方が彼女を幸せにしてやれるんだ。

 そう決意しようとして、俺は俺のベッドの中で寝ている彼女の笑顔に惑わされる。

「今日はあの人から連絡があったんだよ」

 本当は分かっていたはずだった。

 彼女は別に俺と本当の意味で浮気したいわけじゃない。

 いつも浮気してるあいつへの仕返しに俺と一夜を共にしているだけなんだ。その相手が滑稽な俺だったってだけなんだ。

 そりゃあそうだ。俺はあいつより顔も良くなくて貧乏で気も回らなくて、自信を持って言えるのはあいつより彼女の事を想っているって事だけだ。こんな俺が彼女を本当の意味で幸せになんてしてあげられるはずがない。

 俺とあいつの差は大きい。産まれ持ったものから才能まで何もかも違う。

 彼女が俺をあいつへの仕返しへの道具として使うのも、極当然の事で言わば運命ってやつなんだろう。そういう人生に産まれてしまったんだ、俺は。

 だけど、それなら俺はどうしたらよかったんだろう。

 恵まれない者として産まれた運命に従って、叶いもしない想いを胸に秘めて、二人の幸福そうな姿を傍から見続けていろとでも?

 運命には従う方が楽なのだろう。

 だが、そんなのは嫌だった。一瞬でも願いを叶えたかった。彼女と笑い合いたかった。

 そうして、俺は今日も彼女の仕返しの道具になり続ける。

 それも、もう長くはない。

 早くて来月にはきっと終わる関係だと理解しつつも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

運命ジレンマ 猫柳蝉丸 @necosemimaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ