契約の悪魔はかく語る 恐怖の缶コーヒー異聞
新巻へもん
第0話 悪魔の呟き
地面をはいずる一人の男。仰向けになり尻でアスファルトを擦りながら必死に両足を蹴っている。片方の靴はどこかに落としてきたらしい。片足はビジネスソックス、片足は革靴といういでたちだった。血走った目で路地の暗がりに焦点の合わない目を向けている。
「はははっ。お兄さんダメだよぉ」
可愛らしい声が響いて、男は顔を歪ませた。
「た、頼む。俺はまだ死にたくないっ」
「ダメだよ。お兄さん、ボクと約束したじゃないか」
「まさか本当に願いが叶うとは思わなかったんだよ」
「そう? だけど、お兄さんはボクの提案を受け入れたよね。あの女をひどい目に会わせるのを手伝ってくれたら、ボクの望みを聞いてくれるってね」
薄暗い路地の中に差し込んだ一条の光が照らし出すのは、この世のものとは思えない整った顔立ちの少年の顔。
朱を塗ったような形のいい唇が吊り上がる。
「お兄さん、随分と楽しんだよねえ。あの人随分苦しんでいたみたいだけど、あれだけ傷つけて汚したならお兄さんも満足だよねっ。ボクもさ、割とえげつない事をするって言われてるけど、そのボクでもちょっと引いちゃったもの」
少年の目が陶然とする。
「さあ、今度はボクの番だよ。ふふっ。怖がらなくたっていいさ。ボクはお兄さんみたいな変態とは違うから、すぐに楽にしてあげるよ。未来永劫、輪廻に苦しむことも無くなるんだ。感謝して欲しいぐらいだね」
男は手足をばたつかせるが、その背中はドンと壁にぶつかった。
「こ、こっちに来るな……」
「うふふ。ゴメンネ。すぐに楽にしてあげるっていいながら、やっぱりちょっと焦らしちゃったぁ。だって、こうした方が味が良くなるんだよ。お兄さんみたいなカスの魂じゃちっとも美味じゃないからね。でも、贅沢は言ってられないし」
少年の目が赤く光り、額に角が生えているのを見て、男はひぃっと声にならない声を上げる。
「じゃあ、お兄さんの魂は貰っていくね」
「や、やめろ」
「Pacta sunt servanda」
少年の口から言葉が飛び出す。まだ、10歩程度ほどは離れていたはずなのに、少年の体が男の上に跨る。次の瞬間、男の姿は消えて、少年の手のひらの上にゴルフボール大の玉が乗った。灰色みがかかった乳白色の玉を少年は口に入れて咀嚼する。
しばらく、口を動かしていた少年はごくりと喉を鳴らして飲み込んだ。目の赤さと角が消えて、柔和な笑みを浮かべる少年。薄暗い路地に似つかわしくない少年は、ほっと息を吐くとつまらなそうにする。
「まあ、分かってはいたけれど、つまらない人間の魂は美味しくないね」
少年はトンと地面を蹴ると重力などないかのように空中に浮かんでいく。その姿を空気に溶け込ませながら、どんどん上昇していく少年は、煌びやかな明かりに満ち溢れた東京の街を見下ろす。
「ふふ。この街は素晴らしいね。ちょっとした甘い囁きで落ちる人間のなんと多いことか。まあ、魂の価値もそれなりだけど。たまには光り輝く純真な魂を食べてみたいけど、なかなか難しいよねえ。大抵は厄介なのが守っているしさ」
少年はふてぶてしい笑みを浮かべる。
「奴らも四六時中守護しているわけじゃないし、隙を見て奪ってやるさ。なかなか手に入らないからこその価値だからね。さてと、どこかにいい獲物はいないかな?」
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