ショートショート詰め合わせ
むい
#1 誠実すぎる男
男は、何にでも誠意を尽くさずにはいられない質の人間だった。
お金を借りることがあれば必ず少し多目に返したし、人との約束は十年前のことだろうと守った。どんな小恩も必ず返すし、決して他人を裏切らない。
昔なら立派な人格者として持て囃されたかもしれないが、こと現代社会においては少々生き辛い男である。しかし、誠意を曲げるくらいなら死んだ方がましだと本人は考えているので、多少の苦労などは決して気にならないのだった。
そんな彼に、やはりというか、また新たな災難が振りかかろうとしていた。詐欺師が彼の噂を聞きつけ、次の標的として目を付けたのである。
「もし、そこの方」
詐欺師は道を歩いていた男を不意に呼び止めた。
「お金にお困りでしょう。どうです、私が無期限でお貸し致しましょう」
「そんな、悪いですよ」
「いえいえ、あなたは真面目な人ですから、その人柄に免じて提案しているのですよ」
男はこんな性格だから、当然お金に困っている。半ば詐欺師に押し切られる形で結局それなりの金額を借りることになった。
詐欺師は密かにほくそ笑んだ。彼に貸したのはみんな詐欺で騙し取った違法なお金だったのだ。彼は真面目だからいつか必ず利子付きで返ってくる。それも綺麗なお金として返すだろう。つまり詐欺師は体の良い資金洗浄として男を利用したのである。
案の定、男はちゃんと一月後に誠意を上乗せしてお金を返しにきた。平身低頭する男を前に、詐欺師は笑いを堪えるのが大変で仕方がなかった。
それからというもの、詐欺師は定期的に彼にお金を貸した。額はまちまちだったが必ず男が誠意を込めて返済するので、詐欺師の資産はどんどん増えた。しかも、ある時から男の返済の羽振りが更によくなった。
「あなたにはお世話になっているから、お金を借りて返すことにしたんです」
こいつは本物のアホだ。詐欺師は彼に感謝を述べながらも、心の中では嘲笑していた。
彼の詐欺はどんどん大胆になった。なぜなら、犯行がバレることは絶対にないからだ。詐欺の証拠であるお札の番号は男によってすり替えられてしまっているし、何より男は誠意をもって自分を信頼している。詐欺師は人生の絶頂を謳歌した。
しかし、やはりお天道様は悪いことを見逃さないらしい。彼はある日、詐欺の瞬間を張り込み中だった警官に取り押さえられ、とうとうお縄に付くことになったのだ。
わからないのはどこから足が付いたのか、ということである。なぜ警察は自分をマークできたのか。しかし、それを聞いても警察はニヤニヤするだけで、何一つ教えてはくれなかった。
やがて牢屋に入れられると、そこには先客が居た。同病相憐れむというのか、彼らはすぐに仲良くなった。そして二人は自然な流れで、何罪で捕まったのか話すことになった。
「俺は詐欺だ」
詐欺師が言った。
「奇遇ですね、私もです」
「何、そうか。しかし今でもなぜ足が付いたのかわからんのだ」
詐欺師が首を傾げると、先客の男がおお、と声を上げた。
「奇遇ですね、私もです! 何せ私は誠意のある男を騙して資金を洗浄していたんですから」
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