第六章 賢者は教団に悩まされる①

「ん~~~~……やっ!」

「ん~~~~……にゃ!」


 田んぼを向いてしゃがみ、力みながら徐々に立ち上がっていく。最後は、飛び跳ねる勢いでバンザイ。これを何度も繰り返す。

 体操を兼ねた、「稲さん、すくすく育ってください」というおまじないだ。

 日本人なら、誰しも一度は『となりのト●ロ』で見たことがあるだろう。

 田植えをして以降、これを毎朝、アグリとモスくんがやってくれている。

 その光景を、ほっこりしながら眺めることで、私は一日の糧を得る。


「稲の成長って、雑草並みに早いのね」


 お祈りには参加せず、私と離れた所からアグリたちの日課を見守るリヴちゃんが、感心したように言った。「そうだね」と返す。

 田植えから一ヶ月余り。

 最初は点在していただけだった稲が、こう、ちょっと視線を下げれば田面を覆う緑の絨毯になっている。生育はいたって順調だ。

 ただ……。


「あそこだけ、明らかに変だよね。アグリたちのいる辺り」

「……本当ね」


 アグリたちは、毎日決まった位置で体操している。

 そこに程近い田んぼの縁一帯の稲だけ、他の一・五倍くらい成長している。


「モスくんが何かしているんじゃなく?」

「モスにそんな力はないわ」

「ということは、アグリなのかな」

「アグリ様の魔力でしょうね」


 意識的にやっているわけじゃないだろう。

 すくすく育てという願いが、アグリの土属性魔法を通して稲の成長を助けているわけか。

 土属性魔法は性質変化を本領にしている。栄養が豊富な土に変えることも可能だ。


「でも、ここまで顕著な例は聞いたことがないなー」

「アタシもないわね」


 だってこれじゃ、元いた世界の、どんな肥料を使った土壌よりも優れていることになる。

 アグリがやらずとも、土壌管理なら既に私が。水質管理ならリヴちゃんが行っている。

 それを飛び越えて、ああなっているわけだからね。


「アグリ様も、ロレーヌと同じく才能があるみたいね」

「ま、当然かな。なんと言っても、ウチの子ですから」

「ウチの子かどうかは関係ないでしょ。バカじゃないの」

「最近、頭に『親』を付けてくれなくなったよね」

「付け上がるのがわかっているのに、言うわけないでしょう」

「でもさ、言葉にしないと伝わらないことって、あると思うんだ」

「アタシが伝えたいのは、後にも先にも、調子に乗るなということだけよ」

「わかったよ。慢心せず、リヴちゃんのデレを早く引き出せるよう頑張るからね」

「確かに、言葉にしないと伝わらないことがあるみたいね。一回死ねばいいのに」

「私が死ぬとしたら、アグリがお嫁に行ってしまうか、嫌いって言われた時だけだよ」

「早死にしそうね」


 今はほんの小さな範囲にしか影響を及ぼしていないけど、このままアグリが魔法使いとして成長していけば、いずれは、世界の食料事情に革命をもたらすんじゃないだろうか。

 なんてのは、さすがに大げさかな。

 ま、将来的なことは、おいおい考えていこう。それよりも。


「あの二人、セットだと超ヤバいよね。可愛いすぎて、私、どうにかなっちゃいそう」

「心配しなくても、あなたはとっくにどうかしているわ」

「なら安心かな」

「ええ、手遅れよ」


 憎まれ口を叩きつつも、二人を見るリヴちゃんの目が、普段より少し優しくなっていたのを私は見逃していませんよ。


「そういえば、他の四帝獣は、まだ来ないの? この村に移って、もう二ヶ月だよ?」

「さてね。あとの二人は変わり者だから、どこで何をしているのやら」

「そっか。早く会ってみたいな」


 リヴちゃんとモスくんという前例を踏まえると、かなり期待できるよね。

 もちろん、私個人としての期待だ。もふもふ大歓迎。


 そうそう、フィアルニアを王都に帰してから一ヶ月経つけど、教団は何も言ってこない。

 ということは、私がこの村で隠遁していることを、上手くはぐらかしてくれたんだろう。

 ほんのちょっとだけ、フィアルニアを見直した。


「それで、本日の予定は?」

「えっとね、午前中にアグリとロレーヌちゃんに稽古をつけて、午後になったら山のぬしさんに会いにいこうと思うの。昨日、山で採れたキノコとか山菜を届けてくれたでしょ。それなのに私ってば、まだぬしさんに会ったことがないからさ。一度直接お礼を言いたいと思って」

「そ。いいんじゃない。昨夜の山菜のかき揚げ、あれは美味しかったわ。ごちそうさま」

「どういたしまして。リヴちゃんも行く?」

「道中の話し相手が欲しいなら、モスを連れていきなさいな」

「ツレないなー」


 リヴちゃんの好感度って、今どのくらいなんだろ。ハートゲージ5で「大好き」と言われるレベルだとしたら、今は3と4の間くらい? ならもうちょっとだね。


「そろそろ、ロレーヌちゃんが来る頃かな」

「今日はどんなことをするのかしら?」

「ふふ、実は朝の早いうちに、アイスクリームの仕込みをしておいたんだ」

「なるほど。温度変化の修業ね。実益を兼ねた、いい案だと思うわ」

「ありがと。リヴちゃん、冷たいの好きだよね?」

「あら、アタシの分もあるの?」

「もちろん。練習用に、カップに小分けしてあるんだ。私、アグリ、リヴちゃん、モスくん、ロレーヌちゃん。あとは、どうせカーライトくんもくるだろうから、六人分だね」


 お。

 噂をすれば、ロレーヌちゃんが、小走りでこちらに向かってくるのが見えた。

 その後ろに、金魚のふ――弟のカーライトくんの姿もある。


「はぁ、はぁ、お師匠様、本日は、お日柄も、よく」

「おはよう。まずは息を整えて」


 息を切らして私に会いに来てくれるロレーヌちゃん、ほんと好き。


「よう、来てやったぜ」

「呼んでないよ?」


 招待した覚えもないのにやってくるカーライトくん、ほんと邪魔。


「お師匠様、今日は村長からお話があるということで、連れてまいりました」

「え、そうなの?」


 ロレーヌちゃんの背後に目をやると、かなり遠くの方に、ふらつきながら走ってくる男性が見えた。クレタ村の村長さんだ。無理して少年少女の足についてこなくていいだろうに。


「あー。どうしようかな」

「急な来訪ですし、ご都合が悪いようでしたら、ロレから日を改めるように言いますが」

「いや、それは大丈夫だよ。ただちょっと……んー。ま、いいか」


 ごめんね、カーライトくん。

 一人分、足りなくなっちゃった。

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