第五章 賢者は裸の付き合いがしたい①

 第一回魔法体験学習は無事終了。

 ロレーヌちゃんに、秀でた才能があるとわかったし、アグリとも砂山トンネルを開通させ、その中で手をつなげたので、私的には大満足だ。


 とはいえ、ロレーヌちゃんがびしょ濡れになり、アグリも泥だらけになってしまったので、まだ日も高いうちから皆でお風呂に入ることにした。

 私も入るのかって? 入るに決まっているじゃない。

 アグリと暮らすようになって以来、一緒に入らなかった日なんて、ただの一度もないよ。


 ああ、当然だけど、カーライトくんは入らないから。

 いくら子供でもね、特定の女の子を好きになるくらい、精神的に成長した男の子と一緒には入れないでしょ。本人のためにも良くないよ。

 なので、彼には遠慮してもらった。女子たちがお風呂に入っている間、一人だけ外で待っていてもらうのも悪いしね。一番ズブ濡れのぼろぼろになっていたけど、徒歩でお帰り願った。ここからは、本当に男子禁制の時間だから仕方ない。モスくんだって外で待機している。


 さっと掛け湯をしてから広い湯船に入り、うーん、と伸びをする。

 その隣では、ロレーヌちゃんが同じように足を伸ばしている。


「お師匠様、これからも定期的に……いえ、お時間のある時で構いません。また稽古をつけてくださいますか?」

「そのつもりだよ。師匠を名乗るからには、ちゃんと最後まで弟子の面倒を見ないとね」

「十年生きてきて、今日ほど己の幸運を噛みしめた日はありません」

「大げさだなー。でも、私もちょっと楽しみだよ。ロレーヌちゃんは、魔法学院に入学できる規定の十五歳を待つより早く、初級魔法使いレベルくらいにはなれるんじゃないかな」

「本当ですか!?」

「多分だけどね。それだけの才能を感じたよ」


 魔法の指導に関して、才能だけで賢者になった私に偉そうなことは言えないけど、これまで見てきた他の魔法使いとロレーヌちゃんを比較をしたところ、多分いけそうな気がする。

 もしかしたら、中級にだって届くかも。というのは、師匠の欲目かな。


「それに、ロレーヌちゃんが十五歳になる頃には、他にも胸とか、胸とか、私なんかじゃ遠く及ばないくらいに成長するだろうね……」


 これは多分ではなく、確定でしょうな。


「お師匠様、そのようなことをおっしゃっていても、ロレにはわかっていますよ」

「え、何を?」

「お師匠様の御身に凹凸がほとんど見られないのは、魔法を極めんとする上で、一切の無駄を省き、効率化に徹した先の境地に辿り着いたからこそなのだということをです」

「そうなの?」

「そうに違いありません」

「効率化とか、意識したことないんだけど」

「つまり、無意識で行われているということですね。さすがと言うほかありません」

「というか、こんな境地、望んでいないんだけど」

「賢者の称号を冠してなお、まだ極めるには至っていないということですか? さすがです。お師匠様の立っている場所、見据えているもの。どちらも、今のロレには遠すぎます」


 何を言っても評価が上がっていきそうだ。

 ロレちゃんと喋っていると、アグリが年齢以上に幼く見えてくる。

 アグリも歳のわりにしっかりした考えを持っているのに、比べちゃうと、どうしてもね。

 それが悪いってことはなく、むしろ前よりも愛らしく見える気さえする。


「かゆいところはないですか?」

「モキュ、大丈夫よ。気持ちいいわ」


 浴槽の縁に肘をつきながら、幼女ともふもふの戯れを、うっとりと眺める。

 リヴちゃんの手の長さじゃ、自分の体を洗うにも限界があるからね。髪を団子にし、ツノを隠したアグリが専用のボディブラシを使って洗ってあげている。


「できた」


 泡だらけの手で額を拭い、納得のいく仕事にアグリが頷いた。

 リヴちゃんが、もこもこのヒツジみたいになっている。

 思わず「ぷっ」と私が笑いを漏らすと、憮然としたリヴちゃんが、ぶぶぶぶぶぶ、と全身を震わせて泡を四方に飛び散らせた。アグリが「ひゃー」と楽しそうな悲鳴を上げている。


「和むわー」

「同意です。アグリちゃんたちを見ていると、癒されますよね」

「お、ロレーヌちゃんもいけるクチだね」

「はい、本当の妹ができたみたいで。前から下の子が欲しいと思っていたので」


 あれ? 下の子って、あれ?

 いや、まあ、深くはツッコむまい。

 何はともあれ、ほんと癒し。こっちの心まで一緒に洗われていくみたいだ。


 加えて、このお風呂自体が、そのヒーリングに一役買っていたりする。

 木造家屋の景観を損ねることなく、この浴室もまた木造になっている。

 中でも、我が家の浴槽は特別製で、密かな自慢だったりする。

 なんと、妖精王が住まう、世界樹から切り出した木材を使っているのだ。


 入手の経緯をかいつまんで話すと。

 この浴槽、最初は伝説の武具【賢者スタッフ】を封印していたでかい宝箱だった。

 縦三メートル、横二メートルくらいかな。奥行きも二メートルほど。

 勇者たちと共に世界樹に辿り着き、妖精王の課してきた試練をクリアするなど、紆余曲折な冒険があったわけだけど、そこのくだりは割愛する。物が魔法使い用の武器だったので、所有権が私にきた。ついでに、それを納めていた箱も私のモノということになった。


 ぶっちゃけると、私は中身の賢者スタッフよりも、箱の方に興味津々だった。

 これをズバッと半分に割ったら、ちょうどいい浴槽ができるんじゃないかってね。

 いやね、考えてもおかしくないんだよ。

 勇者たちと冒険の旅、と言ったら聞こえはいいけど、現実は汗臭さとの戦いだった。

 宿に泊まれる日の方が圧倒的に少なく、基本は野宿だ。そのせいか、お風呂へのこだわりが余計に強まっていったのも無理からぬことではなかろうか。というわけで、魔王を倒したら、世界樹製の箱を使って、世界に一つだけのお風呂を作ってやろうと考えたわけです。


 そして実践してみたら、大当たり。

 めちゃくちゃイイ匂いがするし、保温効果もバッチリ。

 特に湯治効果がヤバい。

 世界樹風呂に張った湯に浸かると、目に見えて回復作用が働くようになった。

 ちょっとした打撲や切り傷くらいなら、湯から上がる頃には綺麗に消えているほどだ。

 あらゆる面で、檜風呂なんて足下にも及ばない。

 ちなみに、箱のもう半分はベッドにしました。おかげさまで、毎日快眠です。


 さてさて。

 いつまでも、この和みに浸っていたいところだけど、そういうわけにもいかない。

 のぼせてしまうからではなく、この裸の付き合いを通して大切な話があるからだ。


「ねえ、ロレーヌちゃん」

「なんでしょうか?」

「ロレーヌちゃんにお願いというか、やってもらいたいことがあるんだけど」

「なんなりとお申し付けください。この身命を賭してでも遂行してご覧にいれましょう」


 重い。


「難しいことじゃないよ。アグリのね、髪を洗ってあげてほしいんだ」

「アグリちゃんの? もちろん構いません。ですが、どうしてですか?」

「それは、やってもらえればわかるよ」

「……なるほど。なんでも質問すれば答えが返ってくると思うな。その真意を見抜く力を身につけろということですね? 本日より魔道を探求する一端に名を連ねた者とは思えぬ浅はかな質問をしてしまったことを、どうかお許しください」

「許すよ。だから、お願い」

「は、はい。承知いたしました」


 ロレーヌちゃんなら大丈夫。

 確信してはいるけれど、それでもやはり、祈らずにはいられなかった。

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