第五章 賢者は弟子に魔法を教える③
「お師匠様、このような感じに仕立ててみましたが、いかがでしょうか?」
「おおー。凄いじゃない」
私がアドバイスするまでもなく、ロレーヌちゃんが水魔法の形状変化に着手している。
扱える水量が多くないので、あまり大きく広げられないけど、宙に浮かせていた水の塊が、まな板くらいの厚みがある円形の水盾を形成した。ちゃんと取っ手もついている。
ロレーヌちゃん、素質だけじゃなく、才能もありそうだ。
さしずめ【アクアバックラー】といったところかな。今はまだ木製のおなべのフタくらいの強度だとは思うけれど、これからの成長次第では、紙のような薄さと軽さで、鉄よりも頑丈な盾にグレードアップすることだってできる。
ロレーヌちゃんは、作った盾を自分にではなく、カーライトくんの左腕に装備させた。
「へへ、賢者さん、どうよ。カッコイイだろ?」
「盾はね」
「アグリも、どうだ? 思わず惚れちゃったか?」
「たて、きれー」
ナイススルー。
うんうん、盾は綺麗だね。装備しているのはクソガキだけど。
魔法の盾というフレーズにご満悦なのはいいとしても、あんまり調子に乗らないでね。
「お師匠様、ロレはいつでも構いません。
「あ、もう少しだけ、カーライトくんをシバくのは待ってね」
「おい、今なんつった?」
「しばらく待ってねって」
「絶対違っただろ!」
やだなー。言いがかりとかやめてほしいわー。
「先に、アグリの準備をしちゃうから」
「わたしは土ぞくせいだから、土のかたまりをぶつけたりするの?」
「アグリに? いやいやいや、そんな酷いことするわけないじゃない」
またしても、カーライトくんから「オイ」とツッコミが飛んできた。
だってほら、君は男の子。アグリは女の子だから。何より可愛いから。
「すぐ用意するね。皆、少し離れていて」
どれにしようかな。さっき水弾で撃ち抜いた岩でいっか。
ここで用いる属性は、風。
手刀を形作り、岩に向かって、スパ、スパ、と空を斬るようにして二、三度腕を振る。
斬るようにというか、実際に斬っている。風属性を付与した魔素をカマイタチにして投げ、岩を手頃なサイズまでカットしていく。
一辺が一メートルほどの立方体を作ると、これを風で編んだ球体に閉じ込めてしまう。
次いで、ぐ、と拳を握る。その瞬間、透明だった球体が白く染まった。
内側にあった石片を、まさに粉々――粉末状にまで細かくしたためだ。
以前、どんなに斬ろうが焼こうが、分裂と増殖を繰り返す厄介なモンスターがいた。
スライムの亜種らしいけど、とにかく復活速度がハンパなくてねー。無事な細胞が一個でも残っていたら、そこから瞬時に元通りになってしまう。
で、編み出したのが、この技。
球体の中に無数の風の刃を仕込み、細胞一つたりとも残さず、原子レベルで細切れにする、超々高性能ミキサーだ。これならさすがに復活してこなかった。
元いた世界だと、なんたら結合がどうのと化学的な指摘を受けちゃうのかもしれないけど、詳細を求められても困る。だって、これは魔法なんだもの。
「はい、できあがりー」
パチン、と指を鳴らすと、風の球体が弾け、中から煙るようなパウダーサンドが現れた。
これから何をしてもらうのか、誰も想像できないらいしく、皆一様に眉をひそめている。
「アグリには、これを使って砂山を作ってもらいます」
「作って、それから?」
「それだけだよ」
「ふぇ?」
百聞は一見にしかず。
私は「やってみればわかる」とだけ言って、説明を省いた。
頭にハテナを浮かべながら、アグリがその場にしゃがみ込んだ。
そうして、簡易の砂場に手を差し入れ、ひとすくいしようとするが。
「あれ?」
すくい上げようにも、指の間から、液体のように零れ落ちていってしまう。
極めて粒子が細かく、さらさらすぎるせいだ。これで山を作るのは、至難の業だろう。
ここで再び私の出番だ。
貯水槽に施したように、砂に魔力を通し、アグリが干渉しやすいようにしてあげる。
「土属性の最大の特徴は、創造だと思うの。考える方の想像じゃなくて、作り出す方の創造。何かを作り出すために、材料の性質を都合よく変化させたりできるんだよ」
錬金術ともいうね。土くれを金に変えたりする、あれのことだ。
もっとも、金を作るのは禁止されているし、そこまでできる使い手なんて、ほとんどいないらしいけど。
そして突き詰めれば、さらにその先――生命を創造するところまで可能なんだとか。
ちなみに、私はできません。
巨大ゴーレムを作ってヒャッハーするだけならできるんだけど、あれは生き物というより、魔力で動く人形だしね。どうにも、私にはそういう繊細さに欠けるというか。
「これで、お山が作れるようになったの?」
「アグリが、そう念じながらやればね。土魔法も、水魔法と同じように、まずは形状を留めることが基本だから。砂の粒と粒をくっつけるイメージでも、砂の粒そのものに粘度をもたせるでも、なんでもいいよ」
「……やってみる」
まずは、私が通した魔力――魔素の流れをじっと観察。
よし、と可愛らしく勢いをつけ、すりすりと手を合わせた後、洗面器の水を汲みとるようにして砂をすくった。今度は――零れない。
パッ、と綻んだ表情が一瞬私に向けられるが、慌てて手の中の砂に視線が戻される。
可愛い。
どうやらアグリは、砂全体ではなく、空気に触れている部分の砂だけ接着させ、それ以外を包むようにして形を保っているようだ。こういうのは、創意工夫だね。
同じことを繰り返し、一か所に集めていく。
真剣な眼差しで、呪文のように「ぺたぺた。ぺたぺた」と呟いているのが笑みを誘う。
「その魔力維持に慣れてきたら、トンネルを作ってみようか。モスくん、反対側から手伝ってあげてくれる?」
「了か――『……了解ッス』
うっかり普通に話しかけ、モスくんも応答しかけてしまった。危ない危ない。
ま、別にいいんだけどね。後で紹介するつもりだし。
『貫通させた穴の中で手をつなぐ遊びッスよね。掘るのは得意ッスから、任せてください』
『いや、その手前までで。ラストは私がやるから。絶対やるから』
『……姐さん、ガチすぎて引くッス』
誰に引かれようとも、アグリに対して、私はいつだって全力投球だよ。
もくもくと砂を積み上げていくアグリはモスくんに任せ、ロレーヌちゃんの稽古に戻る。
「では、やりますか」
「よろしくお願いいたします!」
「オラ、かかってこいや!」
二人の意気込みを確認したところで、アグリたちから離れる。
私はカーライトくんと、一五~二〇メートルほど距離を空けた。ちょうど、ピッチャーからバッターボックスまでくらいかな。三人の立ち位置としては、私とカーライトくんが試合し、ロレーヌちゃんがその審判を務めるような感じだ。
「まずは、小手調べ」
頭上に浮かべた水弾の一つを、七〇キロくらいの速さで飛ばす。
本来なら山なりに投げないと届かないが、魔法で浮かべている水弾は、一直線にカーライトくんに向かって飛んでいった。
「よっと」
正面に掲げたアクアバックラーで、カーライトくんが難なく防御。
水弾は、ぱちゅ、と弾けて飛散した。盾の方は、一瞬ぶるると波打ったが、欠けることなく形を保っている。
「ロレーヌちゃん、いけそう?」
「はい、問題ありません! 次、きてください!」
「常に最大出力だと大変だろうから、ヒットする瞬間だけ集中するとか、いろいろ試してみるといいよ。どんどん失敗して、感じを掴んでいって」
失敗しても、カーライトくんが、ちょっと痛い思いをして濡れネズミになるだけだしね。
初めのうちは同じ速度、同じペースで水弾を放っていく。
それに慣れたら、軽くコースをズラし、上下左右に振りをつけていった。
なんだか野球の捕球練習をしているみたいだ。
「へへん、どうした賢者さんよー。アンタの実力は、こんなもんじゃねーだろ」
すこぶる調子に乗っておられる。その余裕面が、いつまでもつやら。
ロレーヌちゃんも、この程度なら、訳なくついてこられるみたいだね。
なら、これはどうかな。
「おいおい、退屈だぜー。もっと早い弾――あぶっしゃッ!」
水弾がアクアバックラーに当たっても壊れず、盾を弾いてカーライトくんの額に直撃した。
そこでやっと破裂し、頭を水浸しにしてしまう。
「ぺっ、ぺっ。なんっ……今の、ちょっと重かったぞ!?」
「速度は上げていないけど、水の密度を少し高くしたんだよ」
ただの水風船から、軟式テニス用のゴムボールに変えた感じかな。
やろうと思えば、野球の軟式や硬式、果ては砲丸くらいにもできるけど、初日からそこまでしちゃうと、もうレクリエーションではなくなってしまう。
盾の当たった箇所が少し欠けていることから、おおよその強度も掴めた。
「ロレーヌちゃん、今のはどうー?」
「す、少し驚きましたが、来るとわかっていれば大丈夫です!」
水弾で削られた部分が、すぐさま修復される。
「そっか、じゃあ、ここからは、今のを三個同時にいくねー」
「「えッ!?」」
姉弟が声を揃えて驚愕した。
同じコースに飛んでくるでもしない限り、一つの盾で三個は防げないだろう。二個はカーライトくん本人に避けてもらわないと。別にいいよね。本人が稽古を望んでいるんだから。
「そーれそれ、そーれ、そーれ」
「ちょ、おっ、どわっ! あぶっ、どはっ! いって! いってええ!」
へえ。カーライトくん、勇者を志すだけあって、運動神経は悪くないんじゃない。
それでも完全回避は難しいらしく、体力の消耗につれて被弾が目立ち始めた。
「カーライトくん、泣かないでー」
「泣いてねーよ! ちょっとズブ濡れなだけだ! こんなもん、屁でもねーし!」
ちょっとズブ濡れって、表現おかしくないかな。
そんなカーライトくんの根性はどうでもいいとして。
心なしか、盾の面積が大きくなっている気がする。
一度に操れる水量が増えてきたんだろう。
弟を凶弾から守ろうとする、姉の愛の為せる業か。
はたまた、私の授業から、少しでも多くを学ぼうとする、飽くなき向上心からか。
「カール、盾をあまり上げないで! お師匠様の姿が見づらいじゃない!」
「それだと顔面に喰らいまくるだろーが!」
「安いものよ!」
「安くねーんだよ! つーか、姉ちゃん、なんでそんなとこにいるんだよ!?」
うん、前者はないな。
術者と対象の距離も、魔素の操作と密接な関係がある。
当然、近ければ近いほど操作は簡単になり、遠距離になるほど難しくなる。
それを教わることなく肌で感じ取ったらしく、ロレーヌちゃんは、今ではもう、ぴったりとカーライトくんの後ろに寄りそうようにして盾を維持し続けている。
そのことからも、世界の反対側にいたとしても魔法を維持し続けられるというリヴちゃんの実力が、どれだけ別格なのか、おぼろげに伝わってくるだろう。
「カーライトくーん、無理しないでねー。そろそろギブアップするー?」
「フザケんな! あいつが近くで見ている限り、俺は絶対に倒れない!」
あいつって、誰のことかな?
ロレーヌちゃんじゃないよね。もしかして、砂山制作に夢中でこっちの白熱に全く気づいていない、我が家のプリンセスのことだったりするのかな?
「俺は信じている! この試練を乗り越えたら、あいつが振り向いてくれることを!」
「よーし、ここからは十個くらいいっちゃおうか」
「は? ちょ、待て! 三個からいきなり十個はおかしいだろ!」
「聞こえませんなー。そーれそれそれそれそれそれそれそれそれそれー」
「あば、あばはばばばばばばばばばばばばばば!!」
あは。
楽しい。
ヤバいこれ、超楽しい♪
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※昨夜に投稿するつもりが、翌日となってしまい、申し訳ありません。
キリのいいところまでと思って書き進めていると、
8000字を超えてしまったので、2回に分けさせていただきました。
続きは、明日の21時にアップ予定です。
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