第四章 賢者は勇者にお引き取り願いたい②
「なん……ッ。えっ!?」
「驚くのも無理はない。これはまだ、教団でも一部の者しか知らない機密事項だからな」
そうじゃない。魔王に子供がいたかもしれないってことに驚いたんじゃなくて、その情報を教団が掴んでいることに驚いたんだよ。
「これも数日前のことだ。東の大陸の山中に、空から小さな島が落ちてきた」
あーーーーーーーー。
その可能性……というか、確実に起こり得る事態を想定していなかった。
アグリがいた空島は、魔王の魔力によって空高く浮かんでいた。その魔王からの魔力供給が断たれたんだから、島は徐々に降下していくのは当たり前だ。
「ボクも立ち合い、魔力の残滓が魔王のものと同一であると確認を取ってきた。既にもぬけの殻だったが、家具の大きさなどから、暮らしていたのは、まだ子供であろうと推測している」
「いや、でもそれだけだと、魔王の子供とは限らないんじゃない?」
「だから可能性の話だ。だがなんにせよ、魔王に所縁のある者が、そこいたのは間違いない」
「……子供なら、放っておいてもいいんじゃないの?」
「馬鹿を言わないでくれ。本当に魔王の子供だったら、どれだけ幼くとも、その危険性を無視できない。存在そのものが、世界に混沌を、人々に恐怖をもたらす悪なのだから――……ん、どうした? 凄まじい殺気が漏れているぞ?」
そりゃ漏れるってのよ。
意味不明なんですけど。ハ? ウチの子が悪? 何? 私と戦争したいの?
「さては、魔王に連なる者が存命だと聞いて、憤っているんだな? ボクも同じ気持ちだ」
勘違い乙。
「その怒りを保っていてくれ。各地に散っていた四帝獣も、魔王を倒してほどなく、その姿を忽然と消したという報告が入っている。ボクと教団の予想では、四帝獣は魔王の子の下に集まり、魔王軍の再興を目論んでいるのではないかと踏んでいる」
魔王軍再興は的外れだけど、意外といい線を突いている。
リヴちゃんとモスくんの話によると、残り二人の四帝獣も、そう遠くないうちに顔を見せに来るそうだ。縄張りの引き継ぎとか、いろいろあるんだとか。
「話してみると、意外と気が合ったりするかもしれないよ?」
「面白そうな話だが、そんな甘い考えは捨てた方がいい。相手は魔王軍幹部。魔王と同じく、罪のない人々を苦しめ、暴虐の限りを尽くす魔物の中の魔物だ。魔物に生きる価値などない。そして奴らを討伐できる者は、ボクたちを置いて他にいない」
知ったことかと吐き捨ててやりたい。
彼らのことを何も知らないのに、どうしてここまで偏見に満ちたことが言えるんだろう。
そういうものだと、教団に、徹底的に教えられて育ったからか。
胸糞悪い……。
言葉には出さず毒づいていると、フィアルニアが「ところで」と話題を横に逸らした。
「さっきから、ネコとアザラシに睨まれている気がするんだが」
アグリのことを悪く言ってくれたあたりから、リヴちゃんとモスくんが机の上によじ登り、これでもかとフィアルニアにメンチを切っていた。近い近い。
「何か気に障ることでもしただろうか?」
「来客が珍しいだけだと思うよ」
「それならいいが。アオバが飼っているペットなのか?」
「ペットじゃなくて、家族ね」
そして、今まさに話題に出ていた四帝獣のお二方です。
「ちょっと抱いてもいいだろうか。こう見えて、ボクは大のネコ好きなんだ」
「え? あー…………うん、いいんじゃないかな」
「んにゃん(ですと)!?」
許可を出すや、驚愕したモスくんが、思わずネコ丸出しの声を発した。
だって、そんなに接近して勇者に興味津々なのに、ダメって言う方が変じゃない?
逃げる間もなく、モスくんがフィアルニアに抱き上げられた。赤ちゃん抱っこだ。
対抗するかのように、私はリヴちゃんを膝に乗せた。頭をくすぐるように搔いてあげる。
「素晴らしいもふみだな。時間を忘れて愛でてしまいそうだ」
ええ、ええ、そうでしょうとも。同感だよ。本人は死ぬほど嫌がっているけど。
ご満悦でもふもふを堪能中のフィアルニアが、ここで予想外の行動に出る。
ちゅ♡
と、モスくんの、ぺちゃっとした鼻にフレンチなキスをしたのだ。
鋼の精神力で抱擁に耐えていたモスくんが、全身の毛を逆立てて石のように固まった。
哀れな。今のスキンシップで、心の許容量を超えてしまわれたか……。
なんのフォローにもならないと思うけれど、フィアルニアはかなりの美人だ。すらりとした手足に、出るところはちゃんと出ているプロポーション。可愛さと美しさを同居させた絶妙なバランスは、性別の垣根を越えて人々の羨望を集めている。勇者ということを抜きにしても、彼女のファンは万を下らない。
でも、そういう問題じゃないよね。
好きな子が見ている前で、他の子とキス。ごめん、モスくん。ほんとごめん。
尊い犠牲となったモスくんに心の中で何度も謝罪していると、膝に乗せているリヴちゃんが『隙だらけね』と人の言葉を発した。
ぎょっとした。――が、これは念話だ。私にしか聞こえていない。
『勇者を仕留めるなら、油断している今が絶好のチャンスなのだけど』
魔力の周波数を合わせ、私も念話でこれに応答する。
『ごめん、見逃してあげて……。悪い子じゃないのよ。ただ、これと決めたら真っ直ぐすぎるというか、視野が狭すぎるというか』
『それで討伐の対象にされる側はたまったものじゃないわね』
『ごもっともです』
『あと、自分のことを〝ボク〟と言っているのはなんなの? それが悪いとは思わないけど、キャラを作っている匂いがぷんぷんして、激しくイラッとするのだけど』
それね……。
誰しもがそういうお年頃を、主に中学生あたりで経験するものだけど、彼女は現在進行形で黒歴史を歩んでいる。観客がいようがいまいが関係なく、むしろ、注目されればされるほど、喜び勇んで恥ずかしい必殺技名を叫ぶし。何度他人の振りをしたことか。
まあ、それはそれとして。
リヴちゃんがイラッとしているのは、他にも理由があるからだといいなー。
なんて思ってみたり。モスくん、完全に脈なしってわけじゃないのかな。
ひとしきり満足できたのか、 モスくんの肉球を、指圧マッサージをするように親指でぷにぷにしていたフィアルニアが、表情を引き締め直した。
「何はともあれ、これで世界に危機が迫っていると言った理由をわかってもらえたかと思う。真の平和をもたらすために、今一度、ボクたちが立ち上がる時が来た」
「立ち上がらないよ。私は遠慮する。四帝獣だって、そこまで脅威になるとは思えないし」
「何か理由でもあるのか?」
「……別に」
一緒に暮らしてみた感想です。なんて言えるわけがない。
「すごい自信だな。なおのこと、パーティーに戻ってほしくなったぞ」
「いや、自信とかじゃなくて」
「しかしだ。アオバの力を疑うつもりは微塵もないが、君はまだ戦う力を手にして日が浅い。対してボクは物心つく頃から己を鍛えてきた。そんなボクの、勇者としての経験から言って、今の君に足りないものがある」
「なんだろ。胸かな」
「アオバ、ボクは真面目に話しているんだぞ」
「……茶化してごめん」
「胸なんて、大きくても戦いの中では邪魔にしかならないだろう。何度アオバの慎ましい胸を羨ましい思ったことか。ボクも君くらい、魔法で小さくできればいいのに」
あっはっは。面白いことを言う小娘さんだ。
『リヴちゃん、いつ
『見逃すんじゃなかったの?』
『思わず殺意が』
『……あなたって、意外と好戦的よね。こないだは、村ごと消そうとしていたし』
いや、どっちも本気じゃないよ。
「話を戻すぞ。君に足りないもの。それは危機感だ」
どこぞの漫画で聞いたことがありそうなフレーズだね。
「だが、それも無理からぬことかもしれない」
「というと?」
「ボクたちは魔王を倒した。四帝獣と直接対峙したことがないとはいえだ。配下である奴らが魔王以上の強さということはないだろう。君も、そう考えているんじゃないのか?」
全然違うよ。
正直に言うとややこしくなりそうなので、私は「そうかもね」と適当に相槌を打った。
「これは大神官から聞いた話だ。口外しないでくれと言われたが、君になら構わないだろう。バロル教団は、過去に一度、四帝獣の一体と交戦したことがあるんだ」
「へー」
知ってた。
「相手は進撃の巨獣――【ベヒモス】だ」
あなたが今抱っこしているにゃんこだね。
「戦いは熾烈を極め、一進一退の攻防が数日にわたって続いたそうだ」
聞いた話とずいぶん違うんですけど。
「相手にもかなりの深手を負わせたそうだが、教団の疲弊も大きく、あと少しというところで逃げられてしまったのだという。教団の総力を投じても、引き分けに終わったんだ」
引き分けって……。
相手にされなかった。の間違いだよね? 話盛りすぎじゃない?
教団とモスくん、どっちを信じるかと言えば……モスくんだよねぇ。家族だし。
「他の四帝獣も、ベヒモスと同等の力を持っていると考えるべきだろう。連中が集結すれば、いくらボクたちでも勝てる保証はない。被害報告が上がってこないということは、今は個々で息を潜めているのだと思う。悔しいが、戦うなら一体ずつでなければ」
残念手遅れ。既に二体集まっています。
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