第18話 隠し扉の三従臣


 カピバラ家の屋敷の地下、そこは迷宮という訳ではなかったが、カピが最初に想像していた、せいぜい大きくて、地下室が二つ三つ並ぶ程度というスケールを大幅に超えていた。

 床面積で比較すると、地上の建物と同程度以上の広さは確実にあった。


 カピは、地下坑道に足を踏み入れた直後、自分を襲った恐怖体験に我が身をひどく震わせていた事など、もはやケロッと忘れ、逆に、前よりも心が落ち着き、頭が明晰になった気がしていた。


 若主人の異様な事態を見て、一時は、どうなることかと心の底から心配した、お供の三人も、彼の以前と変わりない至極元気な様子と、突如見せた、圧倒的なリーダーとしての存在感、威圧感によって、抱いた不安はすっかり吹き飛ばされてしまった。



 彼ら冒険者パーティの現在地は、地上につながる屋敷の扉から、まだ少し降りただけ。


 目的方向とは逆の通路に構えられた厚い鋼の扉を見ながら、カピは耳を澄ます。

 なるほど、微かながら響く音が聞こえてくる。

 確かに、ロックの言っていた、常時動かしている発電機が鳴っているのが、ここまで伝わって聞こえるだろうと思えた。


 けれど少し引っかかる記憶。

 メイドのプリンシアは、間違いなく、この扉の方から聞こえる音を耳にして不安げな様子を見せたのだが……カピの気のせいだったのだろうか。


 カピは、頭に手をやると、例のカッコいい!?キャップを深く被り直して声をかける。


 「よし! 出発しよう」



 道案内人の執事ルシフィスを先頭に、目指す場所がある左手の通路を行く。

 彼の唱えた光の魔法が辺りをボワッと照らして行く。道行は緩やかな下り坂になっていて、更に地下へもぐるようだ。


 足元を見ると、平らに敷石が敷かれていているのだが、側面と天井は、洞窟のようなむき出しの岩の壁。岩盤に穴をあけて作った道そのままなのか、少し前に通り過ぎた通路と比べると造りが荒い。


 道なりに進むと、やがて道幅が広くなり、いくつかの扉が両サイドに見える。


 最後をついて来るロックが、壁に所々配置された松明に火を点けながら話す。


 「ここのほとんどの部屋、今は何も置いてない空っぽじゃが、ここもまた大昔は……武器庫や食糧庫なんかに使ってたそうじゃ……」


 そうこうしているうちに、その階の突き当りまで来た。


 執事によると、手前の少し形の違う扉の奥には、まだ下への階段があるらしい。

 カピは少し興味をひかれたのだが、何もない埃まみれの空間があるだけだと、つまらなそうに断言された。


 ロックも同じような感じらしく、あまり興味なさそうに言う。

 「改装を途中でやめたんだろうな、きっと。まあ、天然の地下洞窟に繋がっているとか、いないとかっていう噂はあったが」



 そんな事よりも今はもっと重要な事。


 「こちらです」


 突き当りの壁の前に立ち止まったまま、執事がそう言う。


 「……」


 こちらですと言われても、目の前は壁。

 一面、長方形の互い違いの石積みになっていて、タイル張りみたいに奇麗だが……特に目立つものは何もない。

 只の垂直の壁、行き止まり。


 カピは問うように、執事を見る。


 マイスターのロックが近づいて来て、何やら壁を探る。


 「よしっ」


 そう一言呟いて、見守るカピ達の方を振り返りながら、ほんの僅かに窪んだ石を、軽く握った拳で叩く。

 ゴゴッっという音と共に、壁の一部がずれ、ズズズズーっとスライドした。


 その動いた空間、行き止まりだった壁の中央が、大きさ約3メートル四方の通路になっていた。


 「見てください、あの奥」


 ルシフィスはそう言って手を差すと、ライト魔法の光の玉が、通路の奥へ漂い進んでいく。少し薄暗くはあったが、隠し通路の全体像が分かった。


 通路の長さは10数メートルほど。

 奥の突き当りは、ドアなどの無い小部屋になっていて、中央に台が設置されている。


 そこにあった! 台の上に、黒い箱が載っている。


 箱の大きさは、20センチ弱、少女の持つアクセサリーケースぐらいと言えばイメージできるだろうか?


 「坊ちゃん、気を付けてくれよ、罠があるぞ」


 いつの間にか、前のめりになっていたカピに、ロックが注意した。


 「罠?」


 聞き返すカピ。


 「これは、十中八九……トラップ通路だ。……おそらく、マックス様がセットした」


 ロックは通路を見つめながら答えた。


 「おじいさんが仕掛けを? ……な~んだ、そうだとしたら」


 カピの言いたいことを理解したロックは言う。


 「まあそうだな、マックス様の性格からすると、命を奪う程の、えげつない罠ではないと思うがね」


 カピは笑顔を浮かべて。


 「案外、思わせぶりな見た目だけで、罠なんて無いかもしれないね、だって、自分の家だよ~、そんな……」


 そんなことを言いながら、何の気なしに、カピは隠し通路へ一歩を踏み出した。



 とたんに、カカカカッカカカカッ、通路の壁に無数のスリットが!

 城壁の狭間のような穴がおよそ30センチ間隔で開く。


 ヒュン! ヒュン! ヒュンッヒュン! 空を切る音。

 入り口から1メートルほどの左右と上から、槍先の様な、柳の葉っぱ型の物体が高速で飛び出してきた。


 一番手前の上の隙間から発射されたそいつが、カピの頭に直撃し刺さる!


 ザッ!!


 と、同時に執事とメイドがカピを掴んで引き戻す。



 「カピ様!!」


 カピの頭に被った帽子に刺さった金属の刃は、先がへしゃげて床にずり落ちた。


 「坊ちゃま~! 危ないことしないでっ。もう~、マックス様の、お気に入り装備セットじゃあなかったら、頭に鉄の角が生えてたところよぉ」


 メイドはちょっと笑っている。


 カピバラ家の頭文字マーク入りの、ダサい!?キャップは、実は、超強化品だった! 見た目より遥かに高い防御力を誇る一品だったのだ。


 カピは手に取った帽子の、頑丈とはいえ、さすがに布が裂けてしまった傷跡を、しみじみと撫でて見つめながら泣き言を口にせざるを得ない。


 「命に係わるほどの罠じゃあないって……うううぅ、これっ、これって刺さると死んじゃうよね! あんな通路~、何メートルも進むなんて~命がいくつあっても無理だよ!」


 ちなみに、髪の毛は……あのカッパヘアーのままなので、このご主人のお姿……情けない事この上なかった…………。



 奇妙な眼鏡越しに、通路や壁をじっくりと観察している、マイスターのロックが言った。


 「う~む、すまん坊ちゃん。どうやら、この仕掛け……マックス様の仕業じゃあなさそうだぞ……。もっと前から、既にあったものかもしれん……今回、急に動き出したのは、ちょいと変だが」


 「まさか、誰かがスイッチでも押して、起動させたの? ったくも~余計なことを~…………って、さすがにこのタイミングで、そんな偶然ないか……」


 そう、ぼそり呟きつつ、カピは考える。


 (この世界に来て、初めて目覚めた時に見つけた不思議なメモ。その謎のメッセージが言う黒い箱は、あれで間違いなさそうだ)


 床に転がる、灰色に鈍く光る凶器の金属片に目をやり、考えを続ける。


 (しかし、僕が侵入してトラップが発動した、死にそうになった! と、いうことは……箱の持ち主かどうかを判断する、番犬タイプではない、無差別発動型の罠だ。……まあ、僕が正当な所有者だという前提だけど……)


 「さて、どうする?」


 ロックがどこか楽しそうにカピに問う。


 カピはふと、閃く!


 「あっ、この装置を動かすための、動力を切ればいいんじゃない?」


 「ほっほ~、坊ちゃん! そう来たか」


 マイスターのロックは、カピの意外な攻略視点に感心する。

 執事もメイドも、さすがご主人様! と、いった感じで微笑む。


 ロックはさっそく、周りの壁を丹念に調べだした。



 ……数分後。


 「残念だが……この仕掛け、独立してるようじゃ。少なくとも、屋敷の動力系とは別だな」


 彼は肩をすくめて、主人のナイスなアイデアを実現できずに無念そうにする。


 「ロック! せっかく坊ちゃまがイイ方法考えたのに! ホントに? どこにもスイッチないのかねぇ~」


 そう言いながら、ストライカーのメイドは、ゴツゴツ……ゴツゴツッ! と壁を叩き出す。

 少しずつ……破壊しかねないほど力を込めだして。


 「待て待て! いらんことをすな~」


 ロックが、慌ててプリンシアを止める。


 プリンシアの行動を見ていたカピに、また一つのアイデアが。


 「壁に穴をあけて、別の道を作るとか? 下から、金庫破りみたいに穴を掘って行ってもいいけど……」


 プリンシアがニッコリと笑って、合点承知ばかり、拳を振りかぶる!

 ……が、今度は執事のルシフィスが、彼女が壁に殴りかかるすんでのところで止めた。

 二人で、わちゃわちゃと騒いでいる。


 ひとくさり、そのドワーフとハーフエルフの愉快なやり取りを観た後、ロックが答える。


 「時間をかけりゃ、出来る……かもしれん。しかし、この仕組みを見ていて思うんじゃが……、ある気がするんじゃ…………一番怖いトラップが、仕掛けられとる気が」


 「なんなのよ、ロック! 一番怖いヤツって?」


 プリンシアが不満そうに尋ねる。


 「罠の制作者、こいつを作った奴に意図を感じる。……この正面を、突破して来いというメッセージを感じるんじゃ。つまり、俺のカンが正しいなら、違うルートでお宝を狙うと、どこかで最終トラップが起動し、宝そのものを消滅させかねんということじゃ」


 職人ロックの解析を聞きながら、カピもそれは十分あり得ると思った。

 彼は、しゃがんで、自分を危うくあの世へ送るところだった金属の刃を拾う。


 (こんな危ないのが、そこら中から飛んで来るんだから……よっぽど身体能力の高い有名な怪盗さんでもなきゃ、絶対、生きて箱のとこまでたどり着けないよ)


 カピは通路の前に立ち、サイドスローで金属片を床を滑らすように投げてみた。罠は反応しない、どうも侵入者を見極めているようだ。


 「ダメだ、無駄撃ちさせて弾切れにもできない」


 (もしや! ……あの箱は、どうぞと、これ見よがしに置いてあって、実は……、思いっきりレベルが高くなって、十分に強くなってから取りに行くパターンのヤツ!?)


 すっかり肩を落とし、半ば諦めムードでカピはつぶやく。


 「正々堂々と真っ向勝負で取りに来いって言われても……生身じゃあ不可能! 無理だ! 超強力な盾みたいなモノで、三方をガードしながら進むしかない? ロックに作ってもらわないと……ふぅ~、どっちにしても今日はもうダメだ」


 いろいろ考えたが、現状では打つ手無しと、彼は残念そうに仲間を見る。



 職人のロック。

 「ハッハッハッ、鉄の動く箱か……そりゃあ面白そうだ。……おお! イメージが沸いたぞ! そうじゃそうじゃ、豆タンクの戦車でも作ろうか? ロマン心をくすぐられる計画だぜっ……」


 執事のルシフィス。

 「仕方ありません。どれほど甘めに見積もったとしましても、カピ様の実力では到底この通路、突破できそうもないでしょうねぇ」


 メイドのプリンシア。

 「端っこまで着いたときには、坊ちゃま! きっとハリネズミになっちゃってるよ~ワッハハハ!」


 お付きの言葉を聞きながら、自分自身の力の無さに落胆し、しゃがみ込むとガックっと頭を落とすご主人。


 「とは言え…………カピ様。いわばこれは、チーム戦でございます」


 ルシフィスはそう言って、通路を見る。


 「そういうことっ」


 プリンシアが首を回し、指をポキポキ鳴らした。

 彼女のオーラが高まる。


 仕掛けの刃を入念に見ていたロックが言った。


 「こいつの素材は、ミスリル。鍛え方で硬度は変わるが……まあ大したことは無い。俺が思うに、恐らく対魔法を考えての採用だな」


 執事はマイスターにうなずくと、腰のレイピアを抜いた。


 「プリンシアさん、お願いします。わたくしはフォローにまわります。カピ様の傍をロックさん、罠の様子を見ていてください」


 ルシフィスの指示に、親指で答えた小さなメイドが、入り口へ進みでる。


 思わず心配になってカピは声を出す。


 「ちょ、ちょっと! ホントに? 本当に大丈夫なのプリンシア」


 彼女が只のキュートなメイドではなく、ドワーフの格闘家だということは分かってはいたが、刃の雨が降り注ぐであろう危険極まりない道を、鎧も着けていない、あのような軽装で行くというのは、あまりにも無謀すぎるのではないかと感じた。


 ストライカープリンシアの両拳が輝きだす。


 「ハイパー~バディ!」


 彼女の体に満ちたオーラが、全身を稲妻の赤竜になって駆け巡る。

 皮膚を、見えない『気』の層が覆う、只でさえ頑強なドワーフの体がスキルによって鋼の硬さになった。


 チッチッ! と、小さな人差し指を振って彼女が言った。


 「カピお坊ちゃま……カピバラ家メイド長の実力、お見せします」



 ズサッ! プリンシアが通路に踏み出した。

 その侵入と共に、天井と、左右の壁から次々と刃が飛び出した!


 両目がギラリと煌めくと、彼女は独楽のごとく跳ねて踊る。

 「ハッ!」拳で砕き、「ヌンッ!」膝で弾く、ガッ! 足裏で踏みつける。

 流れる動作で、飛び出してくる無数のミスリル金属の刃を、落ち葉でも打ち抜くように、片っ端から無力化していく。


 赤く渦を巻く旋風が、虹色に輝く火花を散らしながら、不可能と思われた道を切り開いて行く。


 その超人的神業を初めて目の当たりにして、この屋敷のみんなが、カピが想像していた遥か彼方上を行く実力を、持っているのだと思い知らされた。


 トラップの穴から飛び出す鋭い鉄片も、案の定、無限にあるわけではなく、しばらく発射され続けると、後が続かない。

 ロックはそれを確認し合図する、そしてプリンシアの後ろにカピと続く。


 華麗なるストライカーの戦舞によって、後ろのカピには、一片たりとも飛んではこない。プリンシアの若干射程外に位置する刃は、背後を守るルシフィスが剣で確実にはねた。


 細身のレイピアの刀身で、高速の刃を切り落とす、執事の剣さばきもまた神業だった。



 ほどなくして、カピは箱の前にたどり着く。


 ノービス冒険者や、新米盗賊ならば、難攻不落であったこの宝物庫も、カピバラ家のメンバーの手にかかると、何の障害とも成り得ず。


 大役をこなしたプリンシアも、この程度なら、スキルを発動させるほどでもなかったと、息一つ乱れることなく平然として、カピのすぐ傍にいた。

 ……その顔、ちょっと自慢気に。


 カピは、この様なハイレベルの仕事を、当然のようにやってのける彼らを見て、もう口にこそ出さなかったが誇らしげに強く思った。


 (すごい! ルシフィスが言っていたこと、少しもオーバーじゃない! 我が家、カピバラ家にいるのは、一騎当千の達人ばかりなんだ!)



 罠の動きも、既に静まり、全員の視線は、今や黒い小さな箱に注がれる。

 改めて見ると……それは吸い込まれそうに黒く、厳かな雰囲気を漂わせて圧倒的な存在感を醸し出している。


 カピの腰の高さほどの、何の変哲もない木の台座。

 上には布の敷物が敷かれていて、そのちょうど真ん中に黒い箱が置いてあった。


 ロックによる綿密なチェックの後、特にあれ以上の罠はもう無さそうだと分かり、いよいよ、ついに、カピは箱に手を伸ばした。


 「じゃあ……開けてみるよ」




 中に入っていたのは……思いもよらぬものだった。

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