第72話 二日目第一~三区画 因縁、再び・下
『12位、ディートレアさん。出撃してください』
コミュニケーターから声が聞こえ、甲板上の船員が旗を振った。
「いくぜ!」
震電を甲板から伸びた桟橋から飛び降りさせる。
すこし落ちたところでアクセルを踏んだ。落ちていく動きから一転、震電が前に飛び出す。
12番手だからすでに先行されていて、飛行機雲のような雲の筋が残っていた。
「さてと」
今日のコースを考えれば俺の取れる戦術は二つだ。
交戦覚悟で最速ルートを飛ぶか、それともタイムロスを覚悟で遠回りするか。
地球に居るころ、いろんなレースに参加した。ラリーにも少し出たが、俺の主戦場はサーキットだった。
サーキットでは少しでも相手よりいいポジションを取るために狭いスペースに車が集中し、その結果多重クラッシュ、ということも珍しくはなかった。
ましてやこのメイロードラップは交戦OKのルールだ。騎士同士が近くなればなるほど戦闘のリスクも高まる。
俺の震電の強襲戦術はタイマンなら誰にも負ける気はしないが……こういう敵味方入り乱れての戦いでは予想しないような方向から攻撃を受ける可能性がある。
それに俺の射撃の技術はまったくもって話にならないことは昨日よくわかった。できれば戦闘は避けたいところだ。
こうなると12位という微妙な位置は悪くなかったかもしれない。前方の展開を見たうえで作戦を立てられる。
「どうなるかな……」
乱戦にならないなら最短ルートを抜けるのもいい。
しかし、前方でカノンの光弾らしきものが光った。
何も起きなければいいが、という甘い期待はあっさりと打ち砕かれた。
すでに進行方向上で戦闘が始まっている。カノンが飛び交うのが見えた。誰かが撃ち始めると歯止めが利かなくなるだろうな。
昨日のシスティーナとの戦いのように足を止めたものじゃなく、コースを飛びながらの射撃戦だ。
何機かが被弾したようで、失速した騎士が何機かすでに見える。
「まあ……そりゃあこうなるか」
このままいくと俺もあれに巻き込まれる。もちろん被弾せずに切り抜けれる可能性はあるが……決断の時だ。
といっても、迷う必要はなかった。ある意味想定通り。
ここは多少回り込んでも乱戦を避ける。真電の速度なら強引に最短ルートをぬけなくても追いつくことはできるはず。
アレッタが
「頼むぜ、相棒」
頭に入れた空図を思い出し、少しコースを外した
―――
遠回りをするルートを飛んでいるのが俺だけとは思えないが、なんせ空は広い。
周りには騎士はいなくなった。
他の騎士が居れば大体スピードはつかめるが。単独で飛ぶときは自分のペースがどの程度なのかを把握するのが難しい。
レース、とくに長丁場のレースで大事なのは、離され過ぎないことだ。
初日の時点で離されてしまって、
ただ、もとよりこちらは初参加、相手は王者だ。離される展開も想定済みだ。ここは戦術を切り替えなくてはいけない。
ここからは、トップを捲れる位置から離されないこと。ゴール近くで勝負をかけれるポジションを維持することが大事だ。
回り込むルートでかつ離されないように、となると当然スピードを上げていかなくてはいけない。
ただ、今日も2時間近く飛ぶのだから体力の配分も考えなくてはいけない。無理に飛ばし過ぎて後半に体力が尽きて失速するようじゃ話にならないのだ。
スピードメーターはないが、さすがにこれだけ経験を積めば、体にかかるGでどの程度のスピードが出ているかくらいは分かる。
心持ちペースを上げてそれを維持する。
「勝負はここからだぜ」
しかし……飛びながら考える。
こういう展開を見るとアレッタ、というか
こういう乱戦が起きやすいコース設定になれば、どうやってもリスクは生じる。
初日の抜けにくいコースをショートカットしてリードを稼ぎ、乱戦が起きやすい2日目はリードを生かして逃げ切るわけだ。
コースが変わって初日と2日目のコースが入れ替われば
それに、今回のように2位以下が乱戦になってくれればアレッタにとってはライバルが減ることになる。2位以下がひとまず共闘というか休戦協定でもしない限り、逃げ切り成功の確率は高くなるわけだ。
作戦を立てているグレミオ叔父さんとやらは中々の策士だな。
戦術を立案するブレーン、作戦にしたがって騎士をくみ上げるメカニック、そしてその作戦を体現するパイロット。まさにレースチーム。
単独でメイロードラップに挑む騎士の乗り手との違いはそこなのかもしれない。
そろそろ第二
視界に集団で飛ぶ騎士が映った。とりあえず今は撃ち合いはやっていないようだ。
ポジション的には予想通り、集団を後ろから追う形だ。遠回りはしたが離されてはいない。最初は10機近くいた集団も何機か脱落したらしい。ここは少しでも差を詰めておく。
息を詰めて体に力を入れ、アクセルを踏み込んだ。震電が加速し体がシートに押し付けられる。
集団から少し遅れて
出来れば次の
---
3つ目の
3つ目の
飛び方を考えていると。視界の端に動くものが映った。
震電の軌道を少し変える。機影だ。薄い雲に一機機影が浮かんでいて、震電と並走するように飛んでいる。
向こうもこちらを視認しているだろう。仕掛けてくるか、と一瞬思った。
だがライン争いをしている状況じゃないところで仕掛けてくる意味はないはずだ。
俺が回り込むようなコースを取ったのは交戦を避けるため。そして、誰だか知らないが、同じように遠回りしているってことは似たような意図だろう。
ただ、張り付かれているのはいい気分じゃない。ラインを変えて距離を取る。
『リスクのある集団を避け、あえて回り道をし、遠回り分はスピードでカバーする、か。流石に賢明だ。初参加とは思えんな』
コミュニケーターから声が流れた。男だ。少なくともシスティーナじゃない。
『やあ、ディートレア』
薄雲を抜いて騎士が姿を現した。左手に取りつけられた特徴的な長い盾。マリクと
『名高き君との勝負を所望する。一手、お手合わせ願おう』
またこのパターンか……変に目立つのも考え物だ。
「……悪いがそのつもりはない」
リスクを避けた先で一騎打ちに挑まれるんじゃ世話ないな。
「第一、あんたも乱戦に巻き込まれないようにこっちに来てるんだろ?
ここでやりあう意味はお互いにないはずだぜ」
『そうではない。私は君のコース取りを見てこっちに来たのだ。
乱戦も覚悟していたが、君と二人きりになれたのは幸運だったよ』
俺を追ってきたのか。こいつもシスティーナと同類の戦闘狂タイプなのか。
だが、経歴を聞く限り、無意味な戦闘に拘るようなタイプではないと思ったんだが。
「そういうタイプじゃないと思ったんだがな」
『まあ本来はその通りだ』
「じゃあ、なぜ絡んでくるんだ?」
『この機体は私の今回の依頼主からの提供品でね。
そしてその依頼主はレースの勝利ではなく、この機体で君との戦いを望んでいる』
なんとも意外な言葉が出てきた。
レースで勝って名を上げようとする工房の提供した騎士と思っていたんだが。どういうことだ。
「はあ?」
『とまあそういうことだ。納得いったかね?』
事情は分かったが、納得してはいない。
「お前さんの都合に付き合うつもりはない。
それに、どこのどなたか知らんがそんな風に狙われる覚えは……」
ない、と言いたいところだが。一人心当たりがあった。考えたくないが。
「まさか……」
『ふ。私の依頼主、この機体の提供者は。ホルスト・バーグマン。
どうだね?やる気になったかね』
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