第71話 二日目第一~三区画 因縁、再び・上

 翌日朝。


 目覚ましなんてものはないが、規則正しい生活が実についているせいかきちんと起こされる前に起きた。うっすら目をあけると薄いカーテンがひかれた丸い窓から朝の光が差し込んできている。

 顔に感じる空気がちょっと肌寒い。小さな丸窓の向こうからかすかな風の音がした。

 シュミット商会の飛行船は結構揺れるが、アクーラはバカでかいお陰で安定してるのはありがたい。


 部屋は各参加者に与えられている。

 おそらく士官というか第一騎乗とか六騎隊長用の部屋を参加者用に供しているんだろう。

 内装は簡素だが、ベッドは柔らかかったし、机や鏡、棚などがしつらえられていて、枕元のローテーブルには水差しとかもおかれている。

 高級ホテルってわけにはいかないが、遠征中のドライバーの待遇としてはなかなかだ。


 寒さをこらえて布団を跳ねのけて服を着替える。

 水を一杯飲みストレッチしていると、ドアがノックされた。


「はい」


「もうお目覚めですか?

 朝食の用意が整っていますので御都合がよろしくなりましたらお越し下さい

 10時の鐘で格納庫に集合してくださいね」


 ドアの向こうから船員の声が聞こえる。モーニングコールならぬノックつきとは随分至れりつくせりだ。


「今何時だ?」


「先程8時になりました」


 この世界の機械式時計は貴重品で、フローレンス市街では時刻塔と呼ばれる施設だけが保有し定時になったら鐘を鳴らしてくれる。

 飛行船も同様で、船長室とか操舵室に設置されていて、定刻に鐘がなる。

 ごく一部には懐中時計も使われているようだが、一般人は日時計くらいしか頼る物はない。この辺はいまだに不便を感じる所だ。


「わかった。ありがとう」


「それでは失礼します」


 声が聞こえて足音をが遠ざかって行った。


 ---


 朝ご飯の会場は昨日と同じ食堂だった。

 籠に盛られたパンやスープがいい匂いを漂わせている。

 ゆでた野菜やサラダ、ドライフルーツ、ソーセージや塩漬けの干し肉が大皿に盛られていて、どことなくホテルのバイキングを思い出させる。

 鮮度の関係なのか、スクランブルエッグはないのが惜しい。


 食堂に集う参加者は皆きちんと覚醒した顔をしていて、眠たげな顔をしているような緊張感のない奴はいない。さすがトップクラスの騎士の乗り手たちだ。


 システィーナもいる。

 今日はこっちに絡んでくるつもりはないようで、視線を向けて優し気に微笑んできた。

 こうしてみてると騎士の乗り手っていうより、本当にフローレンスあたりのどこかの商人の奥さんって感じなんだが。まさしくきれいな花には棘がある、だな。


 この後ハードな飛行が待っていることを考えるとあまり食べ過ぎない方がいい。

 温かく焼き上げられたパンにバターを塗りつけて肉と野菜をはさみ即席サンドイッチを作ってかじる。


 アレッタが昨日と同じく食堂の隅にいた。食事は終わったらしく、たっぷり砂糖を入れてお茶を飲んでいる


「今日も甘い物か?」


「あ、おはようございます。ディートさん」


 顔を上げて挨拶してくれる。が長めの前髪が顔を隠しているので表情はよくわからない、


「そういえば、それって正しいんだぜ?」


「なにがですか?」


「甘いものを飲むこと。砂糖は体のエネルギー源なんだ」


「そうなんですか、じゃあもう一杯」


 砂糖たっぷりのお茶を飲むアレッタを横目で見つつ、壁に貼り付けられた空図を見た。

 今日の旗門の大まかな位置や空域の特徴が書かれている。


 昨日システィーナが言っていたとおり、8つの旗門を組み合わせて、蛇行するようなコースを作っている。

 空図を見る限りでは岩礁が点在しているものの昨日ほどじゃない。参加者は勿論最速のコース取りをしてくるだろう。それは騎士同士が至近距離で飛ぶことを意味する。


 確かに……これは荒れそうだ。


 ---


 食事の後は少し部屋でくつろいで、10時の鐘が鳴ったところで格納庫に移動した。


 格納庫には参加者の騎士が並べられていた。なんとなく数を数えてみると24機いる。

 たしか開会式ではもう少し多かった記憶がある。俺の見てないところで戦闘が起きたのか。すくなくとも岩礁空域を抜けるときに一機は岩にぶつかって飛行不能になっているはずだ。あいつはどうなったんだろうか。


「では皆さん、よろしいでしょうか」


 係官役の船員が声を張り上げる。


「本日は11時にレース開始となります。それまでに出撃準備を整えて搭乗を済ませておいてください」


 なんともアバウトな指示だが遅れるような間抜けはいないってことだろう。

 甲板への移動とかも考えれば、部屋に戻ったりせずもう準備を整えておく方がいいな。コクピット内でテンション上げておこう。


「お手伝いします」


 船員の一人が防寒着と手袋をもってきてくれた。他の乗り手たちも船員の手を借りてもう防寒着を着始めている。


「ああ、よろしく」


 防寒着は背中でボタンを留めるので一人で着るのは少しめんどくさい。

 しかし、手伝ってくれるのはいいんだが、船員がやけにベタベタ触ってくる気がする。

 放っておこうかとも思ったが……なんとなくフェルに悪い気がして一睨みすると、慌てて目をそらした。


 普段のシュミット商会の飛行船の船員はもう慣れたもんだが、どうもこういう時は面倒だ。まあ男として気持ちは分かるんだがな。


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