第62話 二人のライバル・下

 アレッタが向こうに行ってしまったし、言われてみればレース前夜に深酒なんて言語道断だ。

 まわりはまだ賑やかだが、そろそろ帰るほうがいいか。

 ローディやフェルを探してあたりを見渡す。と、その時。


「失礼。君がディートレアかな」


 きょろきょろしていたら後ろから声をかけられた。


 振り向くと立っていたのは、40歳くらい感じの男だった。

 鍛え上げたという感じの姿勢のいい長身の男だ。短く刈り込まれた灰色の髪と無精ひげが何とも精悍な印象を与えてくる。服装もきちんとした正装で、隙が無い。


 地球でなんどかこういう感じのドライバーを見たことがある。年をとっても意気軒高、百戦錬磨のトップレーサーの雰囲気だ。

 グレゴリーも乗り手としてのキャリアは長いが、身にまとっている雰囲気は違う。同じベテランでも、グレゴリーはチームの纏め役という感じで、こっちは孤高のベテランって感じだ。


「そうですけど、あなたは?」


 年上だから、というのもあるが、雰囲気に押されてなんとなく敬語になってしまう。


「失礼した。

 私はマリク・ウィンズロウ。今大会の参加者だ。普段は傭兵をしている。

 騎士団の討伐に民間から加わって名を上げた君にぜひ会いたくてね」


 低めの渋い声だ。落ち着いた口調が余裕を感じさせる。


「それはどうも。ディートレア・ヨシュアです」


「名高い震電はあれかな?」


 マリクと名乗った乗り手が震電を指さす。


「ええ、そうです。

 ただ、今回は少しメイロードラップ仕様に変えたんで、二刀流じゃないですけどね」


「それは残念だ。万全の君と矛を交えたかったのだがね」


 少し残念そうにマリク氏が言う。


「じゃあ、あなたはメイロードラップ用に機体の仕様変更とかはしなかったんですか?」


 俺としても心情的にはあまりセッティングはいじりたくない気持ちもあった。

 ただ、ルールを考えるといつもの接近戦特化の武装はほとんどメリットがない。ルールに合わせてセッティングを変えるのは当然ではある。


「私は今回は提供された機体での参加なのだ。傭兵という立場なのでね」


「え?自分の騎士じゃないんですか?」


 もちろん試乗はしてきているにせよ、不慣れな機体でこのレースに挑むってことなんだろうか。


「その通り。あれが今回の我が愛機、槍騎兵ランツィラーだ」


 指さした先には置いてあった騎士はオーソドックスなサイズの騎士だ。震電よりは少し大きい。

 目を引くのは左手に装備された盾だ。珍しい物理的な盾で、肩まで伸びるほど長い。

 右手にはカノン。それに近接戦用なのか、親指の付け根というか手首の裏側に大きめの爪が取り付けられている

 サイズ自体はさほど違わないが、盾のお陰で随分重々しく見える


「随分重たげですね」


 こっちの世界に来てからいろんな騎士を見てきた。

 俺はこの世界の歴史にはそこまで詳しくはないが、エーテル系の武装が普及するのに伴って、物理的な武器や盾は重量の関係もありほとんどなくなった、と聞いている。


 実際に物理的な剣や盾を見たことはほとんどない。

 物理的な剣はシスティーナの蛇使いサーペンタリウスくらいか。物理的な盾は練習機以外ではみたことがない。

 左に重い盾を持つとバランスが崩れて操作が難しそうだ。


「まあ今回の騎士はこれなのでね。私はこれを乗る。それが仕事だ」


 マリク氏が当然といった感じでいう。

 こともなげに言っているが、それは簡単な事じゃないと思うんだが。


「できればスタート前に君に会っておきたかった。会えてよかったよ。

 では、明日からはお互いよい戦いをしよう」


「ええ。此方こそ。よろしくお願いします」


 礼儀正しく騎士の挨拶をしてマリク氏が槍騎兵ランツィラーの方に歩いて行った。


「……注意してください、姉御。かなりの強者ですよ」


 いつの間にかグレゴリーが近くに来ていた。ローディとフェルも一緒だ。


「確かメイロードラップの順位はそこまで高くなかったはずだがな。

 去年は3機も戦闘不能にしている武闘派タイプだぜ」


「護衛騎士としてもかなり名が知られてます。商会の専属になるのを断ってる変わり種ですぜ」


「……そうだろうな」


 レースの世界では、車はチームが持っていて、ドライバーはそれを乗りこなすことになる。

 しかしこっちでは商会が機体を所有していても、騎士はほぼ専属だ。傭兵のように商会を渡り歩くタイプの乗り手も大抵は自前の機体を持っている。

 つまり、騎士を乗り換える、ということはほとんどないと言っていい。


 その中で、身一つであちこちの商会を渡り歩くってことは、どんな騎士でも相応に乗りこなせるスキルが無くてはいけない。しかも、所有者である商会が、大事な騎士を任せていい、と思うレベルで乗れる、ということだ。尋常じゃない腕だろう。


 まあ、しかし、難敵ぞろいの様で、楽しみになってきた。

 順位を上げることに興味がないとは言わないが、まずは強敵と戦うことが参加の目的なのだから。


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