第63話 ブリーフィングタイム
まだ夜は長いが、宿の部屋に戻った。グレゴリー、ローディ、フェルも一緒だ。
グレゴリーとローディがメイロードラップのルールを解説してくれるらしい。
フェルは暇そうというか、ちょっと不満げな顔で壁に寄りかかっていた。二人きりになりたかったのに、という目線で俺を見るが、レース前日なんだから勘弁してほしいところだ。
「いいですか、姉御。基本的に、ルールは3日間とも変わりません。
日に何か所かある
辿り着いた差によって翌日のスタート時間に差が出ます。その間のコース取りは自由です。
「明日のコースはこうだな」
ローディが机に空図を広げてくれた。騎士団から参加者に支給された空図だ。
フローレンスを中心にした絵地図に何ヵ所ものポイントが書かれている。初日は大きく回り込んだ軌道を取って、フローレンスから少し離れた空域に待機する飛行船に着陸する、というコースらしい。
「まっすぐ直線に
空にはサーキットのようにコースがあるわけじゃない。どこでも飛べるならそれが一番だと思うが。
「甘ぇよ。直線コースはかなりきついぜ」
「直線でいくようなコースをとると、巨大な雲塊が居座っている場所や浮石地帯を抜けることになります。
相応にリスクはあるんですよ」
なるほど。そりゃそうか。コース設定も工夫してあるわけだ。
全員がショートカットルートを飛ぶんじゃ、単なる直線番長同士のスピード競争になってしまう。
「普通に無理のないラインどりをしたらどのくらい飛ぶことになるんだ?」
「……そうですね……」
「おそらく、2時間はいかないくらいだろうな」
ローディが答えてくれる。この辺は船員としての経験もあるだけはあるな。
2時間か。耐久レースとしては短いが、F1の決勝よりは長い。
騎士はそもそも長時間の戦闘や巡行は想定してない。出撃するまでは飛行船で運ばれるし、戦闘もそこまで時間はかからない。
現実的に考えて、これ以上長く飛ぶようにするとおそらく完走不能が続出するだろう。改めて聞くとタフなレースだ。
「コースが想定される場所には騎士団の騎士がいて空域警戒にあたっています。
これはコースの案内でもありますし、過大な戦闘行為で参加者を撃墜するような反則行為をさせないためのものです」
コースマーシャルみたいなもんだな。
「機体に大きな損傷をおった場合は着陸用飛行船に着艦できますし、騎士団の騎士の手を借りることもできます」
着艦用の飛行船ってのは、あの空母みたいな双胴の工房飛行船だな。
あんなサイズのを何隻も持ってるとは思えないから、小型版だろう。着艦と収容と簡単な修理くらいだろうか。
「もちろん騎士団の手を借りたらリタイアだぜ」
ローディが付け加えてくれる。まあこれは当然だ。
「そういえば、足切りは無いのか?」
「足切りとは?」
「ああ、例えば1位から1時間遅れるとそいつはリタイア扱いになるとか、そういうの」
「それは無いですね、というよりも、そこまで差は開かないんです。ですから規定はありません」
そこまで差が開かない、か。言われてみると確かにそりゃそうかもしれない。
レースだって1分遅れれば相当な差になるし、5分遅れれば何周回も遅れるレベルになる。大差どころの話じゃない。
ラリーレイドみたいな完全な耐久レースなら別だが、2時間で走り切れるレースなら1時間単位のような、圧倒的に遅れるってことはないのかもしれない。
「しかし、二人とも詳しいな。出たことあるのか?」
「ねぇけどよ、だがそのくらいは知ってるんだ。乗り手の常識だ」
「フローレンスの乗り手にとっては一度は出てみたいと願う晴れ舞台ですからね」
誰でも出れるってわけじゃないだろうし、出れたとしても生きて帰れる保証はない。
それに、騎士にとんでもないダメージを負う可能性もある。憧れていても安易にエントリーできるものじゃないな。
「ちなみに、初日の第一チェックポイントまでは戦闘禁止空域です。
フローレンス近郊を飛びますんでね。参加者のお披露目です」
パレードランみたいなもんか。
しかしこう聞くと正直言って想像以上に組織化されている点には感心した。
各所に配されたコースマーシャルともいうべき騎士団員は反則行為を監視している。
そして、それだけではなくサーキットのようなコースがない競技だから迷子が大量発生して興ざめな展開にならないように、目印というかガイド役もはたしているわけだ。
着艦用の飛行船を待機させてるという点で安全性への配慮もされている。
もちろん撃ち合いOKのルールだし、空中を飛ぶ以上アクシデントは避けられない。だが、危険をある程度避ける努力はしているわけか。
それに参加するのはフローレンスでも相当に腕の立つ騎士の乗り手だ。無駄な犠牲を出すのは損失だってことだろう。
それに娯楽としての面もなかなか考えられてる。
フローレンスの港湾地区からスタートして本島を横切り、農業地区の大きめの島まで飛ぶ。
こんなコース取りをする必要は全くないのにあえてこうしてる、ということは、観客を意識しているってことに他ならない。
騎士団が主催して市民に提供する娯楽の一つ、というわけだ。
「よし。大体わかった。ありがとな」
「最後に一つ。あのアレッタは基本的には危険な最短ルートを抜けてくると思います。
「まあ、それはその時の流れでいくさ」
無意味なリスクを冒す気はないが、消極的に走って無難に完走を目指しますってつもりもない。
「じゃあ健闘を、姉御。ご無事で」
「しっかりやれよ」
ローディとグレゴリーが出て行った。
入れ替わるようにフェルがちょっと思いつめたような表情でこっちに歩いてくる。
「無事で帰ってね……あたしが待ってるのを忘れないで」
フェルがぴったりを身を寄せてくる。抱き寄せていつも通り耳に触れる。ほんのりあたたかい頬が触れ合う。銀の髪から香油かなにかのにおいがした。
しかし毎度思うが、背の高い相手を抱き寄せるのはいまいち様にならない。
「大丈夫だ、プロってのは生きて帰るのも仕事さ。ゴールで待っててくれよ」
「……うん」
あいかわらず心配そうな口調だ。
「ゴールに恋人が待ってるときは必ず勝つっていうレーサーがいたんだ、俺の世界でな」
「恋人か……じゃあ、あたしが待ってないとだめだね」
「そうだな」
俺の言葉にフェルが嬉しそうに笑った。目を閉じたフェルに軽くキスする。
「……じゃ、行くね」
フェルが手を振って部屋から出て行った。
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