第59話 開幕前夜・上
メイロードラップがフローレンスの一大イベントであることは開催日が近づくにつれてわかってきた。
レース当日の2週間前から港湾地区を中心に、騎士団や騎士をモチーフにした刺繍が施された旗が飾られていった。食事をしに行っても、話題に上ることが多い。優勝者を予想する賭けもあるようだ。
この辺の浮足立った感じは、地球のお祭りの前に似ている。
ちなみに残念ながらローディは参加できなかった。あまり近い関係者は出れないのだそうだ。
八百長対策としては当然なんだが、案外徹底している。過去になにかあったのかもな。
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メイロードラップの開催日の前日は開会式が行われる。
開会式は夕方から始まり、夜からは前夜祭になるのだそうだ。
開会式の日は選手はいくつかの天幕の中で待機するように言われていたので、俺もそうしている。要は控室ってわけだ。
広めの天幕の真ん中には机が置かれ、その上には水差しとグラスが置かれている。
俺のいる天幕には俺以外に5人いた。全員男で30前後ってところか。
一人は騎士団の制服を着ているので騎士団団員、他は護衛騎士とかだろう。全員知らない顔だ。
俺は一人女なので目立っていて、ちらちらとこっちを見る視線を感じる。
自分で言うのもなんだが色々とこの数カ月で名前が売れたので、向うは俺のことを知っている、と思う。
しかし、改めて考えると、俺は横のつながりともいうか、乗り手同士のつながりが薄い気がする。
レーサーというかドライバー関連というのは広いようで狭い業界だったから、あるドライバーと同じチームにいて、その翌年は別のチーム同士で競争し、ということも珍しくなかった。なので、必然的に横のつながりは広がっていく。
だけど、こっちでは護衛騎士でどこかの商会の専属になると、同業者とのつながりってのは薄くなってしまう、というか顔を合わせる機会があまりない。
俺は飛行船ギルドの関係で若手の訓練とかもするし騎士団の団員にもそれなりに知り合いはできたが、現役の護衛騎士と知り合う機会はあんまりない。
なくても仕事に支障はないが。それはそれでなんか物寂しいものはある。
誰かに声でもかけてみるか、と思ったその時
「ディートさん……ですか?」
声を掛けられた。
振り返ると、俺の後ろに立っていたのは小柄な女の子だった。
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船員が着ているような地味な服装。マッシュルームカットのようなくすんだ紺色っぽいの短めの髪。前髪がちょっと長くてうつむき加減で顔が見えにくい。
今の俺は外見19歳だがそれよりも若いのは確かだ。アル坊やと同じくらいだろうか
「ああ、そうだけど。君も参加者?」
正直言って小柄で細身でとても乗り手には見えないが……ここにいるってことは参加者、というか選手なんだろう。
周りの乗り手たちがこちらを見てひそひそと話している。
「はい。
海賊との戦いで名を挙げた方が参加されるって聞きまして。とっても速く飛ぶって聞いて……お会いしたかったんです」
か細い声でちょっと聞きとりにくい。
「へえ。それは嬉しいな。俺はディートレア・ヨシュア。君は?」
「はい……私は……」
「姉御、そろそろ式が始まりますよ。来てください」
そのときグレゴリーが天幕の入り口から顔をのぞかせて声をかけてきた。その女の子がぺこりと頭を下げて小走りに去っていく。
すれ違ったグレゴリーが驚いたような顔を表情を浮かべた。
「……姉御、あの人と何の話を?」
「いや、声を掛けられただけで、まだなにも話してない。
参加者らしいけど、あんなに小さくて細くて大丈夫なのかね」
この点については余り俺も人のことは言えないんだが。
グレゴリーが頭を抱えている。どうも有名人らしいということは分かった。
「……開会式に出ましょう。見ればわかります」
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開会式は控室用の天幕からほど近い、広場でやることになっていた。団員が俺たちをそこまで案内してくれた。
広場には簡易スタンドのようなものが立てられていて観客が座っている。俺たち選手が会場に入ると拍手で出迎えられた。オリンピックの開会式気分だ、規模はだいぶ小さいが。
改めてみると、参加者は30人ほどだろうか。
周りを見回すが、さっきの女の子はいなかった。
ここに居ないってことは……まさかとは思うが。うーん。
考え込んでいると、ざわついていた客席から大きな歓声が上がった。
会場にトリスタン公が入ってきていた。いつも通りパーシヴァル公とイングリッド嬢が付き従っている。その後ろから旗を持った騎士団員が入ってきた。
トリスタン公が中央に置かれた演台に上り、騎士団員たちがその左右に列を作り旗を高く掲げる。
台の上でトリスタン公が手を掲げると、会場が静まり返った。相変わらず場を仕切る雰囲気がある。
「諸君、今年も我がメイロードラップに参加してくれたこと嬉しく思う」
いつも通り威厳のある声だ。そういえば直接顔を見るのも久しぶりな気がする。
「より速く、より強き乗り手に栄光は与えられる。
今年もルールに変更はない。
攻撃は自由だ。ただし意図的な撃墜は許さない。
コース取りは自由。
攻撃自由、コース取り自由。改めて聞くと大概無茶なレースだ。
話を聞いてみるとやはり毎年少なからず死者はでているらしい。意図的な撃墜は許さない、という規制があるにしても、カノンがコクピットに直撃すれば無事では済まない。
こういう競技だしアクシデントは付き物で、参加者もその覚悟をしておくしかないってことだろう。レースだって安全対策はされているが、それでもクラッシュで死人が出ることもある。
「言うまでもないが騎士の名誉を汚すような真似は許さん。正々堂々と戦い栄光を勝ち取ってくれ。
では、昨年の勝者から旗を返還してもらおう」
控えていた楽団がファンファーレを吹き鳴らす。また歓声が上がった。
部隊の袖、ともいうべきところから赤い騎士団の紋章が刺繍された旗を携えて壇上に上がったのは。ひょっとしたらとは思ってはいたが、紺色の髪と小柄な体のさっきの女の子だった。
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