第58話 メイロードラップ
思うに。
今のおれに必要なのは目標だ。そして出来れば格上のマッチアップ相手だ。
テストドライバーをしているときは、周りは俺より格上がほとんどだった。レギュラーシートを取るためには、目標となる先輩のドライバーに競り勝たなくてはいけなかった。
周りには俺と同じような立場のテスト生がいて、そいつらとの競争に負ければチームから放出されることもあった。
なかなかレギュラーシートを取るまではいかなかったが、格上を追いかけ、周りと競い合いながら強くなってきたと思う。
それがいまはどうだ。
不動のレギュラーシートともいうべき専用機の震電を与えられた。
騎士団からもそれなりに認められ、騎士団員や乗り手候補のトレーニングのコーチ役もやっている。
レギュラーシート。名誉。求めていたものを得たことは間違いない。最高に恵まれた、幸せな立場だ。
だが、この恵まれた環境が俺の今のヌルさになっているんじゃないだろうか。
俺がグレゴリーくらいの年になったら、後進を育てて、負けてもその成長を喜ぶこともできるかもしれない。
が、今は無理だ。俺はまだ強くなれる、早くなれる。停滞はできない。負けてまあいいかとはできない。
と言っても、格上のマッチアップ相手なんてそう転がっているわけはない。
トレーニングの相手として一番いいのは……おそらくシスティーナなんだが、海賊相手にトレーニングなんてできるわけもない。
そもそも連絡をつける手段がない上に、仮にとれたとしても殺し合いになりかねない。
現実的には騎士団当たりに頼んで六騎隊長クラスとトレーニングしたいが、あのレベルになるといろいろと忙しいらしくこっちの都合で訓練につきあってもらうというのも難しい。
バートラムに頼めば相手してくれるだろうか……
「何か目標がないとだめだな……」
「目標ですか?」
俺のつぶやきに、グレゴリーが聞き返してくる
「ああ。どうも最近は実戦で戦うことも少なくなっちまったし、緊張感が無さすぎる。
つっても海賊に喧嘩売りに行くわけにもいかないしな」
暫く考え込んだグレゴリーが口を開いた。
「姉御、じゃあメイロードラップに参加されてはどうです?」
「メイロードラップってなんだ?」
トリスタン公の家がからむイベントなのは分かるが。
「メイロード家が主催する騎士の速度と戦闘力を競う競技ですよ。
期間3日間で規定時間以内に特定の場所を通過してゴールを目指すってやつですね。
参加者への攻撃も自由ですが、威力に制限が付きます。故意の撃墜も禁止です」
なるほど。
コース取り自由で制限時間内にチェックポイントをくぐる、というのは、聞いている限りではサファリラリーとかの耐久レースのような感じだ。
攻撃自由ってあたりは耐久レースどころじゃない過激さだが。
「レベルは高いのか?」
「当たり前だろ。これに優勝するのはフローレンスの騎士の乗り手としては最高の名誉なんだぜ。
参加者は名うての護衛騎士や傭兵、騎士団のメンバーばかりだ。
かなりのハードさだぜ」
今度はローディが教えてくれる。
こんな下手すれば死にかねない無茶なルールの競技だってのに、それでも参加者が多いってのは、確かに勝てれば相当な名誉なんだろう。参加者のレベルも相応に高そうだ。
これは面白そうだ。最高の参加者と競う、最高レベルのレースか。
俄然やる気が出てきた。
「それはいつだ?今から参加できるのか?」
「たしか1か月後に開催だったかと思います。
まだ参加できますし、姉御なら騎士団へのコネもあるんですから出れるでしょう」
言われてみれば確かにそうだ。
「よし。俺は出る。グレゴリー、お前はどうする」
「俺程度じゃ無理ですぜ、姉御。参加者には審査があるんですよ」
グレゴリーが手を顔の前で振る。
こいつもかなり速くなったと思うんで、出てみればいいのにと思う。
「俺は出るぜ!そのレースで俺がお前を超えたら、俺を認めろよ」
ローディは意気軒昂だ。
「ああ、いいぜ。俺を超えてみな」
「見てやがれ。今度こそは俺を認めさせてやる」
総合力が問われるレースのようだし、これで負けるようでは弟子どころかライバルと言われても仕方ないな。
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目標が決まるとテンションもあがる。
アル坊やも特に問題なくOKを出してくれたので、翌日に騎士団の詰め所に行って即エントリーを済ませた。
かなりの距離を飛ぶことになるから、最低限の方位の掴み方くらいは理解しておかなくてはいけない。今までの俺にはあまり必要はなかったが。
コースには騎士団の騎士が監視役兼ナビゲーターとしてついていてくれるから、迷子になる可能性は低いらしい。それでもショートカットルートを飛んだりすることもあり得る。
道に迷うのはあまりにも情けないし、勝ちに行くならタイムロスになる。
レーサー時代にもいろんな本を読んだり車体の仕組みを学んだりした。
レーサーはただ運転が上手ければいいってもんじゃないし、テストドライバーである以上、車体構造に無知では話にならなかった。
そんなわけで、俺は実は勉強には慣れっこだ。
幸い、飛行船で待機する間に時間はたっぷりある。
しかも船員が補助についてくれるのだ。本職から直接レクチャーを受けれるのは都合がいい。
太陽や月と時計で方向を確かめる方法や、スピードから位置を推測する方法、覚えることは多い。
最近は海賊の襲撃もなく、夜はただただ退屈な時間が流れるだけだったので、船員たちも喜んで教えてくれた。
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最後の詰めは機体セットアップだ。
普段の海賊との戦闘ならともかく、今回はレースという特殊な状況での戦いになる。
それに、普段は遠距離の敵にはグレゴリーが仕掛けてくれるが、今回は単独だ。
ここはやはり専門家の意見が聞きたい。ということで、久々にレストレイア工房に顔を出した。
「ほう。メイロードラップに出るのか。お前さんならそれなりにいい線行くかもしれんな」
ガルニデ親方が言う。
久々に会うが、相変わらず油まみれの現場の技術屋、といった風情だ。
俺が言うのもなんだが、震電が活躍したのでレストレイア工房も仕事が増えたらしい。
そこで誰かに任せる、ではなくあくまで自分で最前線に立とうとするあたりは、職人魂を感じる所だ。
「優勝狙ってるんですけどね、俺としては」
「……うーむ。お前さんの腕は認めるがな。
初参加で優勝はフローレンスの歴史で過去に例がないんじゃ。難しいぞ」
「じゃあ俺が歴史に名を刻んで見せますよ。
っていう話はおいておきまして、震電をこのままの仕様にして出ていいんですかね」
震電は完全な近距離特化タイプだ。
機動力については負けない自信はある。ただ、参加者同士の戦闘もOKのレースでこの仕様でいいのかは疑問だ。
「……まあ最低限の飛び道具は有った方がいいじゃろうな。
左右のブレード転換型シールドをカノン転換型に切り替えるのがよいじゃろう。
消耗は激しくなるがな」
やはりそうなるか。
飛び道具一切なしというのが結構リスキーなのは、システィーナのスカーレットと戦った時に身に染みた。
俺の技術で当てれるか、という問題はあるが、ないよりはいいだろう。
「じゃあ、左手をそうしてくれます?」
「ふむ。両手の方がいいと思うがな。
確かにメイロードラップは戦闘はあるが、海賊と戦うのとはわけが違う。
知っての通り近接戦はリスクが高いから、そうは発生せん。ブレードはあまり意味がないと思うぞ」
「信頼できる武器はやっぱりほしいんですよ」
これはどちらかというと気分の問題だ。
抜き差しならない展開もないとは言えない。いざというときに頼れるのは使いなれた道具だと思う。
「なるほどの。まあそれもそうかもしれんな。
なら大会の直前になったら切り替えてやる」
武装はエントリー間際に左手のブレード転換型シールドをカノンに切り替えてもらうことになった。
これで準備は万端。あとはレース当日を待つだけだな。
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