第47話 戦う理由
上空からの砲撃は止んだ。
あの飛行船のステルス機能というか光学迷彩機能はかなり高度で目で見破るのは難しそうだが、発砲うれば居場所は割れてしまう。レナスが上空に上がって警戒している以上うかつに攻撃はできなくなったはずだ。
包囲網の内側ではまだ乱戦が続いている。とにかく今は一機でも敵を減らさないと。
『ディートか?』
そのとき、コミュニケーターから聞いたことのある声が聞こえた。
「……トリスタン公?」
『そうだ。支援感謝するぞ』
周りを見回すとひときわ大きな輝く翼をもつ騎士がこちらに近づいてきて震電と並走するように飛ぶ。これが団長機か。
フレイアと同じような見た目で武装は右手のエーテルジャベリンというのも変わらないようだ。ただ、ウイングから天使を思わせるような翼が生えているが、その翼がフレイアより大きい。
装甲もところどころに金色の装飾が入っていて、どことなくて豪華な仕様だ。夜空に銀色の装甲が映えている。
しかしパーシヴァル公といい、トリスタン公といい、どうしてこの騎士団は責任者自ら最前線に立ちたがるんだろうか。
「団長自ら出撃ですか?」
『当然だ。俺は騎士団最強の騎士の乗り手なのだ。俺が戦わずして団員がついてくるはずがないだろう』
言ってることが誰かさんと似ている、嫌いとかいいつつ似た者同士だな。2人そろって勇敢なことだ。
あきれる話でもあるが尊敬すべき話でもある。この世界の騎士道精神ってやつだろうか。
「俺がかき回して援護します。その間に体制を立て直してください」
『ああ、頼む。混乱さえ収まれば、数で勝る我らの方が優位だ』
アクセルを踏もうとした瞬間。
【やは……り来ま……したか】
コミュニケーターから雑音が聞こえて、聞きなれない声が飛び込んできた。
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「トリスタン公?」
【どこ……かで死んでい……てくれると都合……がよかった……んですがね】
聞き覚えのない男の声だ。が、この状況でこういうことを俺に言う相手は一人しか思いつかない。
「お前……ホルストか?」
【ご名…答です。
またお会いしたくはなかったですね……おとなしく護衛……騎士に収まっていればいいのに、まさか騎士団……に加担するとは。まったく迷惑な……ことをしてくれますね】
みると上空を5機の騎士が旋回していた。
4機はそれぞれフォルムに多少の差はあるが、ごくオーソドックスな西洋の鎧のような形の騎士だ。手にはエーテルブレードやカノン、シールドを持っている。
しかし最後の1機ははっきりと異質な姿をしていた。
右手に携えているのはカノンのようだが、銃身が長い。アストラの持っているカノンの倍以上の長さだ。銃身、というより槍にも見える。
左右の肩にはそれぞれ二つづつ機体の身長くらいに長い装甲が盾のように取り付けられている。あんなのはどうみても高速戦闘では邪魔になりそうにしか見えないんだが。
レースもそうだが、真剣勝負の場に無駄な飾りをつけてくるバカはいない。命のやり取りをしている騎士の空戦にしてもそうだ。
あの妙な装甲にも意味があるんだろうか。ガンダムのモビルアーマーとかのように後ろに補助推進器でも仕込んであるのか?
「その妙な格好の騎士はお前がのってんのか?」
【ええ。そうですが】
「自分で騎士に乗るんだな。こりゃ意外だぜ。後ろでシコシコ悪だくみしてるだけかと思ったよ」
【私を挑発しようとしても無駄ですよ。私とて騎士には乗れますし、必要な時は自分で戦います】
確かにフローレンスで襲ってきたときも自らが出張ってきていた。あの場面では魔法を使ってすぐ撤退していったが、フェルの奇襲にも冷静に対応していた。
策を巡らすだけというわけではなく、相応に修羅場に慣れているんだろう。
『貴様がホルストか!なぜ生きている。討伐で飛行船諸共死んだのをこの目で見たぞ』
トリスタン公が会話に割り込んでくる。
【おや、騎士団長のお出ましとは、光栄ですな
なぜ私が死んだとわかるのです?目の前であなたに撃ち殺されたわけでもないのに】
その討伐とやらがどういう状況だったのかは分からないが、確かに魔法がある以上は何らかの手段で逃げることも可能なような気もする。
なにより、こういう悪党はしぶといと相場が決まっている。
【そんなことより団長殿、おかしいとは思わないんですか?】
『何がだ?』
ホルストが意味ありげに言葉を切る。
【……コミュニケーターで私があなたたちと話せる。これはどういうことかわからないのですか?】
コミュニケーターはあらかじめ設定した相手と通信するための器具だ。
いわれてみると、こいつと話せるのはおかしい。
【騎士団に私の手の者がいるかもしれませんよ、どうですか?トリスタン公?】
意味ありげにホルストが笑うのが聞こえてくる。
いやな言い方をしやがるな。確かにこの状況ではそういう可能性を否定はできない。
『……誇り高き我が騎士団に裏切り者などいようはずがない。汚い手段で盗みでもしたのであろう』
トリスタン公が苛立たしげに言う。
「いや、裏切り者じゃないかもしれませんよ、トリスタン公。
コミュニケーターの通信に割り込むような技術があるんじゃないのか?」
【さて、どうでしょうかね】
地球でも無線通信を傍受したり割込んだりとかするような手法はある。
トリスタン公の反応を見る限り既存の技術ではないようだが、通信を盗聴したりすることは大きな価値がある。そう考えて、そういう技術を開発する奴がいても不思議じゃない。
ただ、海賊レベルでそんなことが可能なのかは疑問だが。
【そういえば、ひとつお聞きしたいんですよ。ディートさん】
「なんだ?冥途の土産に教えてやってもいいぜ」
まさか敵の親玉から質問が飛んでくるとは思わなかった。
【あなたはなぜここで戦っているんです?】
「はぁ?」
【そもそもこの戦いにシュミット商会は関係ない。護衛騎士のあなたが首を突っ込む理由はないはずだ。カネですか?】
多分違うな……そういえばこの戦いの報酬の話を聞いてなかったな、と今更思う。
【それともフローレンスに大切な守りたい人がいるとでも?だが、私が調べたところ、あなたにはフローレンスに知己は居ないはずだ。親も、恋人も。
まさか正義のため、とかいうバカげたことをいうつもりですか?】
言われてみると、なぜここにいるのか、戦っているのか。
もともと俺が騎士の乗るのはアル坊やのため、シュミット商会のため、のはずだったが。
【なぜ騎士団のために戦っているんですか?もし金であるならそうならこちらにつきなさい。
いくらでも払いますよ。お望みのままだ】
一瞬考え込んだが、答えはすぐわかった。というより考えるまでもなかった。
「いや、多分どれでもないな」
【ほう。ではなんです?】
「俺は自分が乗りたいから乗っている。戦いたいから戦っている」
そうなのだ、結局のところここに行きつく。
地球でのことを思い出す。テストドライバーとしてチームのために働くことが嫌だったというわけじゃない。でも本番を走ることが殆どなかったということは、心の中でわだかまりになっていた。
こっちの世界にきてチャンスをつかんだ。自分の機体を得た。フローレンス屈指の乗り手と言われ乞われてこの戦いに参加した。
自分の力を思うままに示せる。地球で望んでも得られなかったものだ。
「それが理由さ。
正義のため、なんてきれいごとを言うつもりはないぜ。だがどうせ好きに飛ぶなら悪党のためには戦いたくないだろ」
コミュニケーターが静かになった。
「どうした?」
【……信じられないほどの青臭さだ。正気とは思えない。
あなたほどの乗り手がなぜ騎士に憧れるだけの小僧の様な事を言うのか理解できませんよ】
絞り出すような、というかあきれ果てたようなというか、そんなホルストの声が聞こえてくる。
まあ、自分で言っててバカなことを言ってると思うところもある。
報酬のために走るのがプロだってのにな。乗りたいから乗るって、確かにこれでは駆け出しのアマチュアみたいだ。
「そうだな。俺もそう思うぜ」
【……貴方のようなタイプは説得しても無駄だ。システィーナよりむしろ性質が悪い】
吐き捨てるような口調でホルストが言う。
あいつより性質が悪いとは何とも酷い言われようだな。
【仕方ありません。貴方たち二人を殺して仕事を終わらせましょう。行きなさい!】
ホルストの号令で上空を旋回していた4機が急降下してきた。
バラバラな動きではなく、4機が列を作るように突っ込んでくる。ジェットストリームアタックか、これは。
今まで見た限りだと、騎士の乗り手はほとんどが単独で動く。騎士団も連携はしているものの、編隊を組んで飛ぶようなことはしていない感じだった。まさか海賊の騎士が編隊飛行をしてくるとは。
一機目がカノンを撃ちながら突っ込んできた。右に飛んで射線を外す。
その瞬間一機目の後ろからブレードを構えた2機目が飛び出してきた。切り抜けるように振られたブレードをシールドで受け止める。
もう一機はトリスタン公に切りかかったらしくこちらには来なかった。4機目がカノンを撃ちけん制してくる。
1機目がカノンで露払いして、すり抜けざまに2機目と3機目が切り込み、4機目がカノンでけん制して隊列を組みなおすわけか。
そのまま4機が雲海の間近まで駆け下りて、編隊を組みなおす。大した連携だ。
だが。
「ここは俺に任せな!」
4機のコンビネーションは確かに脅威だったかもしれない。今までならば。
ただ、こいつらのスピードはシスティーナにスカーレットに比べればあまりに遅かった。
あいつとの戦いで死ぬ思いをしたが、平均よりはるかに速い速度で飛ぶ相手のとマッチアップは得難い経験になった。今まで以上に落ち着いて迎え撃つことができる。
アクセルを開けて一機目に向けて真っすぐ突っ込む。カノンの光弾を最小限の動きで避けつつ距離を詰める。
視界に見える敵の騎士がどんどん大きくなる。チキンレースのような状況に敵の騎士のスピードがわずかに落ちた。挙動が乱れるのが見える。チャンス!
衝突ラインから機体を下に沈めた。目の前にせまる足をブレードで切り飛ばす。まず一機。
角度を変えて雲海すれすれまで降下し残りをやり過ごす。
飛び出すタイミングを見失った残りの3機が俺の真上を風切り音を立てて通過した。
視界の端で1機がトリスタン公の方に向かうのが見える。
「トリスタン公!一機そっちに行きましたよ!」
『侮るな。たかが海賊ごときに遅れは取らん』
残る2機が軌道を変えて編隊を組みなおそうとする。
そうはさせない。
雲海間近で宙返りし、機首を上げてアクセルを前回まで踏み込む。
アクセル操作に応えて震電のスピードが一気に上がる。真上に飛んでいるから上からシートに押し付けられるように圧力がかかる。
編隊を組みなおそうとした二機の間をすり抜けるように突撃する。
ラインが強引すぎて攻撃を仕掛けることはできなかった。だが敵の騎士が慌てたようにコースを変えて左右に散る。分断できればこれで十分。
上空に舞い上がって再び宙返りをする。真下を向いて、ブレードを装備した方に狙いを定める。
アクセルを踏み急降下。さっきとは逆に真下からシートに押し付けられるような圧力がかかる。
此方の動きに気付いた敵が慌てて降下して逃げようとする。が、遅い。
「もらった!」
追い越し様にブレードで胴を薙ぎ払った。装甲の破片を飛び散らせながら吹き飛んでいく。
あと一機。
機体を反転させてもう一機に目を向けた瞬間に、槍の穂先のような白い光弾がそいつに突き刺さった。
片方のウイングと腕が切り裂かれて騎士が大きくバランスを崩し落ちていく。
トリスタン公のエーテルジャベリンか。一撃必殺とは、カノンとはけた外れの威力だ。
「感謝します!」
『お前こそ見事な腕だ。流石だな』
みるとトリスタン公の方に向かった騎士の姿も見えなかった。返り討ちにされたんだろう。
【そんな……バカな】
コミュニケーターからホルストの声が聞こえる。流石に動揺は隠しきれないようで声が震えていた。
最初は驚いたが、一度編隊を乱してしまえばあとは一対一と大して変わらない。
「そりゃこうなるだろ。付け焼刃の乗り手が俺に接近戦を挑んで勝てると思ったのか?
策を弄するタイプだと思ったが読みが甘いんじゃないのか?」
【……連携しての攻撃をなぜそう簡単にさばけるのです?
あれをどこかで見たことがあるなんてことはあり得ない……】
「さてね。こういっちゃなんだが、システィーナに比べると遅すぎて話にならないぜ」
確かにこの世界では騎士が連携して攻撃する、というのは斬新な概念かもしれないが、地球のロボットアニメや実際の戦闘機の空戦では珍しくもなんともない。
タネが割れた手品みたいなものだ。分かってさえいれば対応することは難しくない。
【なるほどね。あの
しかしまさか、あの4機が此処まで簡単に落とされるとは思いませんでしたよ。あなたを倒すために訓練したというのに】
「もう少し修業が足りなかったな。それで、小細工はこれでおしまいか?」
もともと数は騎士団側の方が優位だ。
籠城戦から奇襲で打って出ても乱戦になってしまえば最終的には数が多いほうが有利。
虎の子のステルス潜雲船も仕掛けがわかれば単なる飛行船だ。足が遅いのは変わらない。
砲撃をしなくても、いずれは騎士団の騎士に捕捉されるだろう。
【……やむをえませんね。自分で戦うのは性に合いませんが。
私の力を少しだけ見せてあげましょう】
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