第46話 雲間の潜伏者
「少しは休ませろ……」
「済みません」
申し訳なさそうに船員が頭を下げる。
決戦前に一息入れようとしたらすぐに叩き起こされたでは、愚痴の一つも出てくるってもんだ。
しかしいったい何が起きた?
待機室のドアを開けて外に出ると冷たい夜風が頬を叩き、寝ぼけた頭が少し冴えた。
騎士の係留されている桟橋の隙間から外を覗くが、銀色に輝くぶ厚い雲しか見えない。
「誤報じゃないだろうな。というか、なんでわかった?」
「船長への特別通信です」
「この距離でコミュニケーターが届くのか?」
「操舵室に設置された大型のものですから」
なるほど、大型の据え置き通信機的なものがあるわけか。
飛行船同士で連携して作戦を行うのに、随時連絡が取れないのでは話にならない。
大出力で遠距離通信するコミュニケーターはあって当たり前だ。
「そういうことなら本当なんだろうな」
海賊側が包囲網の外への攻撃と連動したとしたら、妥当な攻撃のタイミングだ。
しかし、包囲中にいきなり奇襲をうけるとは、あまりにお粗末だぞ。大丈夫か精鋭部隊。
「ディートさん、少し待ってください。すぐに出撃できるようしますから」
「わかった」
部屋の机の上に置いてあった砂糖たっぷりの菓子を口に詰め込み水を一口のむ。とりあえず糖分補給だ。食事位する暇があればよかったが。
壁にかけた手袋と頭巾をとる。船員がウインチやワイヤーを操作してうつ伏せの体勢になって飛行船に係留されていた震電を出撃のために直立姿勢に変える。
「少し離れてますが……大丈夫ですか?」
「そういうこと言ってる場合じゃなさそうだからな」
俺自身の疲労のことを考えると、できれば飛行船で近づいてから出撃したい。だが、今まさに襲撃を受けているなら急いだほうがいいだろう。
騎士の方が飛行船より足が速い。飛行船がついたときには、大勢が決していた、では笑い話にもなりゃしない。
コクピットに座りベルトを締める。
「このコミュニケーターを。ダンテの船室につながっています」
「よし、行くぜ。降ろしてくれ」
装甲が絞められてすぐに、ワイヤーが切り離される。
普段は出撃したら即戦場だが、今回は少し飛ばなければ行けない。
雲海から急上昇して高度を上げて方向を確かめる。月に照らされて輝く雲が山脈のように広がっている。
飛行船から灯台の光のように明かりが伸びていた。この方向に飛べってことか。
アクセルを開けてその方向に機首を向けた。
二次包囲網から一次包囲網は飛行船で飛べば1時間の距離だったが、騎士の足なら15分程度で行けるだろうか。
気は急くが……ただでさえ連戦で俺自身がベストコンディションとはいいがたい。
長時間走るツーリング系レースには縁がなかった。が、トレーナーに言われたことがある。
長い距離を走るときはペースを守れ、無理して終盤で勝負に行けないのが最悪。長距離では無理にペースを上げてもトータルでは影響がない、だっけか。
力がこもりそうになる右足を意識的にゆるめるようにする。
震電を雄大な雲の峰を縫うように飛ばす。
周りは雪をかぶった山のように輝く雲。不思議な造形の雲。宝石を散らしたような星空。
今まで騎士に乗るときはいつも戦闘ばかりで景色に目を向ける余裕なんてなかったが、こうしてみるとすごい景色だ。一瞬、戦いの中であることを忘れそうになる。
ドライブじゃないが、一度落ち着いて長距離を飛んでみたいもんだ。
左右にそびえるような雲の谷間を抜けると一度雲がきれて視界がひろがった。
遠くに包囲網を敷いている飛行船の明かりが視認できる。そして飛行船からあがっている赤い火の手もはっきりと見えた。
「こちら震電のディート。応答せよ」
コミュニケーターに呼びかけるが応答がない。
もっと近づかなければだめだ。
アクセルを踏んで加速する。遠目にも飛行船の周りで飛び交うカノンの光弾や大砲の砲煙が見える。
近づくにつれて少し状況が分かってきた。何隻かの飛行船は炎上していて、無事な飛行船はそれぞれ距離をとるようにしているようだ。
とりあえずダンテは無事なようでほっとした。巨大な姿がひときわ目立っている
おそらく敵の拠点から出撃してきたらしい騎士が飛行船の周りを飛んでいるのが見える。騎士での迎撃態勢もうまくできていないのか。
見ているところで1隻の飛行船が火を噴きながら雲海に沈んでいく。
「くそ。なんてざまだ」
完全な乱戦になってしまうと味方に当たりかねないから飛行船の大砲も使えないんだろう。
それに、包囲網の狭いスペースで乱戦になっていまうと一度に戦える数が減るから数の利は生きにくい。
奇襲を受けて指揮系統が混乱したあげく、小勢を相手にした大軍が総崩れになるなんて地球の歴史を見れば珍しい話じゃない。
早く立て直さないとやばいのはわかった。
「おい、こちら真電のディート。聞こえてるなら状況を教えてくれ!」
『……こちら……ダンテのイング…リッドです』
ようやくつながった。
声が遠く聞こえる。コミュニケーターの効果範囲ギリギリってとこか。
『……包囲網の上方から突…然砲撃を受けま…した。岩場か…らも数機の騎士が出て……きています。
現在包囲網を…後退させつつ迎撃中……トリスタン公も出撃されました』
「上から奇襲って油断しすぎだろ、見張りは全員寝てたのかよ。どうなってんだ」
『飛行船からの砲撃だ…と思われますが、艦影が見え…ないんです。援護をお願い……します』
怒ったような口調で返事が返ってくる。
とその時、はるか上空で砲煙がひらめいた。赤く尾を引く弾丸が上空から落ちるように飛び
騎士団の飛行船の一隻が被弾する。気嚢から爆炎が上がった。あれは焼夷弾か?
しかし、上空を見ても確かに船影が見えない。
今は夜だが月の明かりはそれなりのものだ。それにいまは上空には隠れられるような雲もない。月が中天に輝いているだけだ。
騎士の視界は装甲で見えにくい上に、センサーやレーダーなんてハイテクなものはない。が、いくらなんでも飛行船が見えないなんてことはありえない。どうなってる?
震電の真上でまた砲煙が上がった。震電の間近をかすめた砲弾が真下の飛行船に突き刺さる。
飛行船の砲門は横と前方にしかなくて、上には無防備な気嚢があるだけだ。構造上、上を抑えられるとなすすべがない。
騎士団の飛行船は金属フレームと装甲版で防御を固めている。少々の被弾では落ちないにしても、大砲の直撃を受けて無傷なわけはない。それに焼夷弾の日が中の気嚢の幕まで回ったら墜落だ。
「確かに何も見えない。どうなってるんだ?」
『……わかりま……せん』
「仕方ない。上空を哨戒する」
何が何だかわからんが、行かなければわからない。
大砲が空を飛んでる、なんてことはいくら何でもないだろう。必ず理由はあるはずだ、と言いたいところだが。なんせ魔法がある世界だしな。
機首を上げ上空に向かって飛ぶ。目いっぱい上まで飛ぶが、やっぱりなにもいない。
巨大な月が上空に、下には被弾して煙を上げる騎士団の飛行船がいるだけだ。
「どういうことだ、これは?」
大きく円を描くように旋回すると、とつぜん突風にあおられたようにぐらりと震電が傾いだ。
慌ててバランスを立て直す。
「なんだ、今のは?」
今のは突風というより、むしろ飛行船の近くを飛んだ時の感覚に近い。
左足のペダルとアクセルを調整して旋回したとき。
ガシャン、という軽い金属音と何かにぶつかるような衝撃が走った。
「なんだ、おい?!」
突然キャノピーが灰色の巨大な何かで覆われた。
これは……飛行船の気嚢か。とっさに左足をひねって震電を左にそらす。
かろうじて衝突は免れた。ていうかこいつはどこから来たんだ?
などと思う間もなく、再びバキバキという金属音と布を切り裂くような音がする。
再び夜空が視界に飛び込んできた。
何が起こったか分からん。一度上空に飛び上がって改めてじっくり観察する。
上から見えたものは何とも奇妙なものだった。
夜空が横に切られたかのように裂け目ができていて、そこから飛行船の一部らしきものが見えている。
「ブレード!」
空中で宙返りすると一気に真下に飛ぶ。ブレードを展開し、奇妙な裂け目を広げるようにブレードを振った。
ブレードが何かを切り裂いたような手ごたえがあり、夜空の裂け目が大きく広がった。
そしてその裂け目から大砲数門を装備した灰色の気嚢の小型の飛行船が姿がのぞく。
「これは……ステルスか、光学迷彩的な何かか?」
ぐるりと周りを飛んで観察すると、ようやくわかった。
小型飛行船を細いフレームと布か何かで包み込んでいる。そしてその布に夜空が映っているんだ。まるで保護色のように。
フレームに沿うようにとび、エーテルブレードで迷彩の布をさらに切り裂くと、布とフレームの残骸が舞い散り、飛行船の姿が完全にあらわになった。
飛行船の大砲が火を噴いたが、弾は大きく外れる。
軌道を変えて逃げようとする飛行船のフィンローターをエーテルブレードでぶった切った。
姿勢制御用のフラップとワイヤー、エーテル炉の残骸が切り裂かれて吹き飛んでいく。
一つ壊しておけば機動に相当な制約が出る。足が止まった飛行船なら単なる的だ。
「ダンテ、聞こえるか、こちらディート。
敵はステルス飛行船だ」
『ステルス??』
そういえばステルスじゃ通じないか。
「えっとだな、敵の飛行船は夜空に溶け込むように姿を隠してる」
『どうい…うことで…すか?』
「俺に聞くな、そんなこと。
どういう原理かわからんが、船の周りをフレームに張った布で覆ってそれに隠れてるんだ。
適当に弾をばらまいてとにかくその布に当てろ。
覆い布を切っちまえば見えるようになる!そこをたたけ」
『了解しま…した。
ディートさん、飛行船の抑えは……騎士団が行います。強襲型機が現れ…て乱戦になってい…ます。そちらの支援をお願い…します』
「まかせろ!」
ようやく体制をたてなおしたらしく、飛行船から銀に輝くレナスが次々と出撃して上空に駆けあがってきた。ここは任せてよさそうだ
震電を反転させ一気に降下する。すれ違いざまに震電の右手を上げてアピールする。
「気をつけろよ!」
コミュニケーターが通じてないからもちろん声は聞こえないんだがレナスも右手を上げて答えてくれた。
降下しつつ様子をうかがう。一機のレナスがエーテルブレードとカノンを装備した海賊の騎士に背後を取られているのが見えた。
不利なポジションでカノンの弾をかわすのが精いっぱいだ。
「助太刀する!」
アクセルを開けて一気にスピードを上げる。
スピードはこっちの方が圧倒的に上だ。すぐに追いつく。斜め上から並走するように飛ぶ。
敵がこちらに気付いてラインを変えようとするがもう遅い。
「まず一機!もらったぜ!」
片方のウイングを左右のブレードで叩き切る。バランスを崩してそいつは雲海ギリギリまで落ちて行った。
難を逃れたレナスが左手を上げて、そのまま旋回し体制を立て直す。
まだ指揮系統が混乱しているのと、飛行船を一度下がらせた関係なのか、騎士の数はほぼ互角だ。
ここからが本番だな。
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